第5章 おおさわぎ
次の日、煉獄さんの勤める道場に一緒について行くと、既に人だかりができていた。みんな一斉に煉獄さんに挨拶をする。煉獄さんが来るのを待っていたらしい。ふと、人だかりから小さな男の子が飛び出てきて煉獄さんの近くに来て煉獄さんの手を引いた。
「煉獄先生!僕のお兄ちゃんが煉獄先生に会いたいって言ってきてます!」
それを見て「ずるい!」という声と共に今度は中学生くらいの生徒が煉獄さんのところに駆け寄り
「煉獄先生おはようございます!僕のお姉ちゃんが…」と続いた。
そのあとは
「煉獄先生!僕のお母さんが…」とどんどん煉獄さんに集まってくる。
煉獄さんは腕や服を掴まれ、グイグイと連れて行かれてしまった。人だかりの中に飲み込まれ、輪の中心について早々、スマホで写真を撮られている。中には握手して欲しい、サインが欲しいという人もいて、煉獄さんは「サイン?」と首を傾げつつも全く動じる様子はなく、それどころか嬉しそうにする生徒たちの頭を撫で、「順番だ!」と笑っている。
私はそれを遠巻きに眺めていた。
あーすごいなぁ、すごい人気だなぁ。鬼滅の刃ってやっぱり大流行してるんだなぁなんて一周まわってしみじみとしてしまう。そして煉獄さんの面倒みの良さに新たな一面を見た気がした。前の世界でもこんな風に人に囲まれていたのかな。
そんなことを考えているうちに、ある程度収まりがついたようで煉獄さんと生徒さん、そして見学の家族の人達が道場に移動し始めた。生徒に引っ張られながら煉獄さんは後ろを振り向いて少し離れた私に目を合わせる。そして
「中彩も来い!」
と柔らかく笑った。
稽古が始まった。道場内には竹刀がぶつかり合う音、間合いを詰め踏み込む音、軽やかに避ける足音、通りの良い、生徒たちの「面」「胴」と言った声が交差する。緊張感が漂いながらも、とても楽しそうに取り組む姿に良い道場だと思った。その間、煉獄さんは腕組みをしてそれらの様子を満足そうに頷きながら見つめている。
だが、正座がきつくなってきた。正座なんて普段からそんなにしないから15分が限界だった。不甲斐ない。
「ちょ、ちょっとトイレ…」
ほとんど感覚の無くなった膝下を何とか歩かせながら、私は壁に手を着いて歩いた。稽古場を出て廊下に出る。廊下に並ぶ窓が開いていて、外の空気を運んできた。風が頬を撫でる。春の香りがする。
