第9章 Mermaid 及川
俺は今ブラジルにいる
高校を卒業し、単身アルゼンチンに渡り数年が経った
現在はアルゼンチンのプロリーグに所属していて、ブラジルには遠征でやってきた
ビーチサイドを仲間と歩いていると、何故か烏野のチビちゃんがいた
最初は目を疑ったけど、チビちゃん…翔陽は単身ブラジルに渡り、ビーチバレーをしていた
インドアからビーチに転向したわけではなく、あくまでインドアで使える武器を増やすための手段のようだった
俺はチームメイトと別れ、翔陽とディナーをし、その後ビーチをした
ビーチは砂に足を取られるし、風には煽られるしで、思うように体が動かなかった
でも久々にすげぇ楽しかった
また翔陽とビーチやるかな
俺だって全てを武器にしてやる
翔陽と別れ、砂まみれになった服をはらいながら砂浜を歩く
夜の砂浜は静かだった
月明かりのおかげで水平線が遠くまで見える
寄せては返す波の音が耳に心地いい
ふと目をやると、砂浜の先に何かが見える
なんだあれ?
近づいていくと
カメラ?
三脚に立てられた一眼レフカメラが海の方を向いて設置されている
近くに人らしき影はない
忘れ物?
デジタル画面を覗き込む
そこには暗い海と月明かりに照らされた…
「人魚?」
海面から顔を出し、ロングヘアーを跳ね上げる人魚の姿
俺は画面に釘付けになった
ピピピピ…カシャカシャカシャカシャッ
触れてもないカメラが急に音を立ててシャッターを切り出し、驚いた俺は砂浜に尻餅をつく
画面の中の人魚がこっちに向かって近づいてくる
「誰かいるの?」
ゴクリと唾を飲む
近づいてきた彼女には当たり前だが脚がある
それもスラリと長い脚
足元から舐めるように見上げる
日本人離れした形のいいバストに、くびれたウエスト
ビキニからは水が滴っている
「人魚姫…」
自然と口から零れ落ちる言葉
「人魚姫は嫌い」
そう言って彼女は笑った
日本語だ…
いや、切長で堀の深い目元
スッと伸びた鼻梁
少し厚めの唇
「君、日本人?」
「半分ね、あなたは日本人?」
「うん…こんな夜の海で何してたの?」
彼女は両腕を上にあげ、濡れたロングヘアーをギュッと絞る
「私、カメラマンなの。でもまだまだで…自分自身も被写体として撮影してSNSとかに上げてるの」