第3章 adultère 赤葦
「はぁ…」
さきほどより更に重い足取りで家に向かう
手ぶらで出社したら明日はどやされるかなぁ
中々厄介な作家の担当になったもんだ…
「ただいま」
ガチャっとアパートの扉を開けると玄関に見慣れない靴
ビジネスシューズだからセールスマンか何か?
特に気にもとめず、リビングのドアを開く
あれ?
真っ暗?
ふと耳を澄ますと、寝室の方から音が聞こえてくる
女の喘ぎ声
え?
俺は寝室の方に近づきドアの前に立った
ぁあっ イイッ すごいのっ
旦那とどっちがいいんだよ
あなたよっ あんな面白みのない人っ
つまんないっっ イクッイクッ
何が起こったか理解できない
俺は踵を返してアパートを出る
アパートの前で立ち尽くす
いつからだったのだろう
俺が泊まりの仕事の日はいつもこうして男を連れ込んでた?
今は子供はいらないと避妊していたのも不倫するため?
いつからだったのだろう
面白みのない人 そう思われていた
つまらない人 そう思われていた
このまま会社に戻ったら…
手ぶらで何してやがると怒鳴られる
時間はまだ早い
どこへ行けば…
ピーンポーン
「なんでまたきたのよ、渡すものないって言ったでしょ」
そう言いながらも橘先生は部屋にあげてくれた
俺の表情を見て何かを悟ったのか冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを出してくれた。
「これしかないけど、ごめん。色気なくって」
そう言って俺にボトルを手渡して、ソファにどさっと座った
お風呂上がりなのだろうか
少し髪が湿っている
ボトルを手渡してくれた時いい匂いがした
「あんた名前なんだっけ?」
「赤葦です」
「赤葦さん、さっきよりいい顔してる。苦悩に満ちた色っぽい顔」
「そうですか?」
「何かあった?この短時間で。何かいいエロが降りてくるかも、聞かせて」
原稿を持ち帰るために、彼女が書く気になるのは願ったり叶ったり
俺は今あった出来事を彼女に語り出した
帰ったら不倫相手と妻が情事を愉しんでいたこと
その時俺のことを面白みがないつまらないと言っていたこと
彼女はノートとペンを手に取り、真剣な眼差しで俺の話に耳を傾ける