第3章 adultère 赤葦
教えられたマンションに着き部屋番号のボタンを押す
「あのーすみません、新しく担当になりました赤葦と申します」
「はぁ…あけまーす。入ってきてくださーい」
インターフォン越しに気怠そうな声
ガチャっと扉を開けて中に入るとソファにもたれる女性
若い女性とは聞いていたが、本当に若い
多分俺より年下じゃないか
化粧はしていないが白い肌が目を惹く
「はじめまして新しく…
「さっき聞いた。橘歩です、来てもらって何だけどお渡しできるものは何もないです」
そう言って片手をヒラヒラされる
帰れってことだろうけど…
原稿もらうまで帰ってくるなと言われているこちらも引き下がれない
「いやー、でも大人気の先生の作品、待ってる人が沢山いらっしゃいますから」
「そんなに簡単にエロは降りてこないっつーの」
エロが降りてくるって何だ
人生で初めて聞くワード
話を変えよう
「先生、少し訛りがありますね。出身は東北ですか?」
「宮城」
そう言われて鼓動が高鳴る
バレーに捧げた高校の3年間
人生で最も眩しい思い出
宮城から来た烏野高校を思い出す
宇内先生の母校でもある
「え、宮城?もしかして烏野ですか?」
「違う。しかも親の転勤で高1の途中でコッチに来たから」
思惑が外れて少しがっかりする。
「それより…粘っても書けないものは書けないから今日はもう帰って」
「でも」
「上司に何か言われた?原稿貰うまで〜的な」
「はい、一晩でも粘れって」
「あはは、正直だね。でも…
若い女の家に一晩はヤバイんじゃないの?」
そう言って笑う彼女の顔はひどく妖艶だった
彼女の目線を見てハッとする
多分左手の薬指を見ていたのだろう
上司には悪いけど、ここで彼女を待っていても埒があかない
明日怒られよう…
「では…またきます」
扉に手をかけ振り向きざまに一礼すると、彼女はヒラヒラと手を振っていた