第5章 傷と罪は共に背負うモノ
和装の役者のような風貌の鬼舞辻 無惨。
静に狛治に近寄る
「鬼を配置した覚えのない場所で
鬼が出たとの大騒ぎ。
態々出向いてきてみれば
ただの人間とはな。
何ともつまらぬ。」
「どけ。
ころ………す………ぞ」
狛治のはなった拳より、無惨の手がその顔面を貫通するのが速く、無惨は血を注ぐ
「十二体ほど強い鬼を造ろうと思っているんだ。
お前は与えられるこの血の量に耐えられるかな?」
「もう………どうでもいい………全て……が………。」
急に視界が暗転し、
暗闇の奥底で、
辺りに雪が舞い降りた。
哀しみ、無念、後悔、絶望の深い海の底のような場所で
寒くもない淡い雪が己に触れる度に
音もなく
気配もなく
温度も感じず
消えていく。
まるで涙のようだ。
「桜華さん」
声だけのあなた。
でも、全てが伝わってくるの。
悲しみ
苦しみ
絶望
後悔
複雑に入り込んだ感情の奥にしっかりと感じる
彼への
愛情
恋慕
慈愛
博愛
信愛
伝えたかった想いと感謝が届かない
もどかしさ。
次から次へと流れた涙はもう流れず、腫れた目ながらも、しっかり前を見据えた
ここは恋雪さんの心の中だと思えた。恋雪さん自身だと思った。
「桜華さん。
もし、貴方が鬼になった狛治さんも元の狛治さんも
好いてくださるのなら、人間に戻して差し上げるお手伝いをさせていただきたいのです。
わたしは生きてはおりません。
生きた人間にしかできません。
狛治さんのことよろしくお願いします。」
「はい。」
わたしが死ぬほど捨てたかった人生を
あの日人の記憶を無くした鬼と出会って生かされた。
無意識でも献身的に無我で見返りなく世話を焼いてくれた。
ボロボロの傷物になった心を毎晩後ろから抱き締めてくれる体温が溶かしてくれた。
彼もまた、わたしと出会って人らしさを取り戻し、素直に愛をもって味わい、感情が磨かれていった様に思う。
鬼を被った
被らされた一人の悲しい男だ。
人の心をもう二度と彼から奪わせない。
「安心して安らかに………」