第5章 傷と罪は共に背負うモノ
後から役人が狛治に近所の人たちの証言と見解を淡々と説明した。
内容と詳細はこうだ。
以前から隣接する剣道道場とは折り合いが悪く
嫌がらせを受けて、素流道場は狛治以外、門下生がいなかった。
剣道道場の跡取り息子が恋雪のことが好きだったようで、一度恋雪を連れ出してその先で病を悪化させ放置したという事件があった。
その事件で慶蔵が試合を持ち出し、狛治の圧勝で道場主が感動したことで、恋雪に近づかせないという約束が成立していたが、道場主が他界。
その後、二人の結婚の話を聞き付けた道場の門下生が、道場主となった跡取り息子を焚き付けて、試合で勝てないからと井戸に毒を入れたとのこと。
空っぽになった状態で俯いたままの狛治を皆が心配していたが、都合が悪いものが多く、3人の最後の時間だからと遠慮するものもいて、結局一人取り残されてしまった。
灯りをつけることもなく、ボーッとしたままの狛治だったが月が高く上った頃、
隣の道場から数人の笑い声が聞こえた瞬間、むくりとその顔を起こした。
そこからはなにかに操られるように自分の部屋に向かって歩きだし、何故か道着に着替えた。
暗く重い空気を身に纏い、
どす黒いものが溢れる様は鬼になりたてのような理性を伴わない獣のようで殺気に満ちていた。
しかし感じる波動はまだ人間のまま。
ぬらりぬらりと歩みを進めゆっくりと音もなく隣の道場の門を潜ると、
標的を見付けた獣のように恐ろしく速く駆け出した。
居合わせたのは門下生67人。
人並みはずれた力で繰り出される動きは、己の身に染み付いた慶蔵が教え伝えた素流の技。
断末魔と血飛沫、五臓六腑と体の部位が飛び散り壁や床に張り付く光景は地獄絵図そのもので鬼と見間違えるほどの残虐的なものだった。
殺戮を終えて道場をとぼとぼといく宛もなくさ迷うと、
あの男の強い波動が重く暗く押し潰されそうな威圧感と共に近づいてくる。
「いってはダメ!
そいつに手を出してはダメ!
逃げて!」
そんなことを叫びたくても声はでないし届かない。
目の前の光景は過去の映像でしかないのだ。
もう既に起こってしまった出来事。
桜華が存在しない過去の出来事だ。