第15章 蓮華
おやおや、寝てしまったのかい。
聴診器を当てられて、安心したのかな。
まぁ、そうだろうね。胡蝶カナエ。彼女は医者だから。
俺は、襖の隙間からずっと見ていたよ。
カナエちゃんが、俺に怒りの感情を持って、桜華ちゃんを案じて見守っているところを。
そして、あの女の子、日神楽桜華が僕の挑発に怒りを露わにした時、そして、鉄扇をはたき落として僕に言葉を返した時…ああ、本当に面白かった。
彼女の瞳に映る僕への憎しみ。それは、まるで真紅の宝石のように輝いていた。その輝きは、猗窩座殿の瞳に宿る苛立ちや憤怒と同じ色だ。なるほど、君たちが一緒にいた時間というのは、とても濃密なものだったんだね。
僕は、君の心の底にある感情を、ひとつひとつ引き出してみたくなった。恐怖、絶望、怒り。それらが、君の顔を、声を、そしてその小さな体をどう変えるのか、見てみたかったんだ。
そして、君は僕の期待に応えてくれた。
人間は、本当に興味深い。感情というものを持つから、あんなにも簡単に、顔色や声色を変える。その変化は、僕にとっての美しい芸術だ。
「この方は、産後まもなく誰かに捨てられてしまったのでしょうか?血は足りていそうですが、まだ体力があまり回復されていないようですね…」
胡蝶カナエが、わざとらしくそう言ったとき、僕は笑いを堪えるのが大変だった。
いや、実際は笑うなんて感情はないんだけど、信徒の前では「可哀そうな病人」に同情するポーズを見せないといけないからね。
俺は、カナエちゃんが来たときから、他の信者と目付きが違うところから見抜いてるよ。俺に利益があるから見逃しているだけさ。
それに二人が互いにどれほど心を許しているのか見せて貰ったよ。
それは、僕には理解できない「信頼」というものだろうか。
つまらない。
僕は、この世で最も満たされない存在だ。なぜなら、僕は「虚しさ」しか感じないから。美味しいものを食べても、美しいものを見ても、何一つ感動しない。ただ、命を食べて、腹を満たすだけ。
猗窩座殿は、いつも僕に苛立っていた。
「貴様は、俺とは違う生き物だ」
そう言われても、僕は「なぜ?」としか思わなかった。でも、君たちと出会って、少しだけその理由がわかった気がするよ。