第15章 蓮華
「失礼します」
入ってきたのは案の定カナエだった。
だからとて、潜入でここに来ているということが解っている以上、目の前の鬼一点を睨み続けるしかない。
「幹部の方から病人を連れてこられたから診て欲しいとお聞きして伺いました」
「そうなんだよ。信徒が倒れていたこの子を見つけてね…。しばらくここで面倒を看てから帰そうと思ってね。診てくれるかい?」
「かしこまりました」
わざとらしさが漂う。
それに、生け贄のことは幹部の人間しか知らされていないのだろうか…。
恐らく、最近入信したという設定になっているカナエは末端信者でしかなく、最近まで医療に携わっていたということになっているのだろう。
知らないふりで切り抜けなければ…。
「何をするつもりですか」
「大丈夫さ。本当に診てもらうだけ」
あくまでも反抗するつもりで起き上がるも、体が起こせない…。
「どうしたどうした…可哀そうに…。そんな体で俺に立ち向かおうなんて…。あぁ…やはり君は、猗窩座殿と同じように、俺に敵意を丸出しにして睨みつける…。
本当に哀れだねぇ…勝てないというのに…」
嘲笑うかのように飄々とした態度を崩さず、ただ口元を隠して…。
悔しいけれど言葉通り、今のわたしには何もできない。
そのまま余裕綽々な後ろ姿を見せて襖の奥へと消えた。
「お名前は、何と仰いますか?」
カナエさんが初対面のように話してくる。
どこかで聞き耳を立てている以上、カナエさんと同じく初対面のようにふるまわねば二人とも危ういだろう…。
来る寸前まで、どんなに苛立っても手は出してはダメ。
「それでは、教祖様から頼まれましたので、少々体調の方診てみましょうね」
目の前に来て顔を覗き込むカナエの視線はそう言って私をたしなめているように思った。
ごめんなさい。
以後気を付けます。
そう視線で訴えたけど通じただろうか。
少しだけ口元がほころんで、いつもの笑顔の半分で見つめてくださる。
人のためと思えばあの男へのいら立ちも抑えられる気がした。
聴診器を持つ手が肌に触れた瞬間、今までの緊張が解けたように、いつの間にか短い眠りについたのだった。