第14章 命と古傷
明け方になるまで、珠世さんは桜華の救命処置を施した。
幸い、一命を取留めたが、まだ予断を許さない状況らしい。
生きる活力になるはずだからと珠世さんの言葉に従い、二人の生まれたばかりの赤子と共に桜華が眠る部屋にいる。
時々赤子の世話や桜華の様子を見に珠世さんと小夜子さんが入るが、今は家族4人でいる。
一時、意識がなくなった瞬間狼狽えて、珠世さんに強く言われた。
「桜華さんは大丈夫。こんなとき、桜華さんなら、狛治さんに何と仰いますか?!」
と。
その通りだ。
桜華に対して何もできない俺が唯一出来ることは、無事に生まれた子らを守ること。
騒然とした瞬間を乗り越えて、静かな朝。
すやすやと眠る俺の…
子どもたちを見て、再び桜華を見る。
死の淵に立ち、戻ってきて眠る妻を逞しく強く美しい生き物だと、自分とはまた別の崇高な次元に生きる者と思えてしまう。
どれだけそうしていただろう。
少しも飽きも疲れもしない、退屈さえも感じない沈黙。
でも、まだ目覚めない君のせいで物足りない。
そっと、艶やかな髪を撫でると、
ひくりと瞼が動いた。
「桜華……?」
薄っすら開いた瞼の奥、しっかりと俺を映す。
「子ども…たちは…」
「元気だ。眠っている」
か細い声。
だが、安堵に心が震える。
「ありがとう…」
「苦しくないか?辛くないか?」
薄く笑み、静かに頷く。
ひとつひとつの反応に胸が熱くなる。
こんなに芯の強い君の事だから、
こんな時ですら、俺の心や子どもたちの事が一番なのだろう。
安心して欲しいとの意図が解るから
鼓動がもたらす緊張を悟られてはならない。
「狛治…、わたしを抱きしめて…。
沢山、頭を撫でて欲しいです」
体を動かすことすらままならない。
重い体のまま、首だけが僅かにこちらに傾き視線が甘える時の君で…
しかし、その奥に強い決意と決断を下そうとしているのが分かった。
桜華の頭を抱き起して支え、背中に手を回す。
なぜかは知らない。
また、涙腺が痛み、視界がぼやける。