第13章 暗雲
「ありがとう。
そろそろ起き上がっていては辛いだろう。
寝室に俺もついて行くから、休め…」
「はい」
支えなしでは重そうな腹は、見ていてその動きづらさや辛さが想像に容易いほど。
無意識に手が動いて支えると、「ありがとう」という。
ありがとうと言いたいのは俺の方だ。
桜華と出会ってから得たものがどれくらいあっただろうか。
考えたことすらなかった自分の遺伝子を継ぐ子どもまで…。
『母親というものは偉大だし、大切にしなければならない』
思い出したくもないが、ヤツは違う意味でそう言っていた。今は、本来の意味を桜華の傍にいて強く感じる。
心做しか、以前にも増して精神的にも強くなっている彼女を見ていると、俺もくよくよしていられない。
ちらりと顔を覗き見れば、体調も良さそうで機嫌の良さそうな桜華を見て安堵する。
このまま無事に子が生まれたならば、共に育てて大きくなるのを見届けて、叶うなら、子が巣立ち、桜華とまた一緒に居られたらいい。
一瞬、叶えられないだろうとか、遠すぎる未来を考えて失望したくないという想いに駆られるが、今度こそは『二人で』それを叶えていくのだと奮い立たせる。
その後で、俺の命が尽きた時地獄へ行けたらいい。
「どうしました?顔がにやけてますよ?」
「あ、いや…」
悪戯顔でこちらを見る妻の言葉に思わず顔を背けてしまう。
俺も随分単純なものだ。
先刻まで震えていた手には血液が穏やかに流れている。
「桜華ならば、約束を果たして
長い夢を見せてくれるだろうと思ってた」
「それなら、現実にしなければならないですね」
相変わらずな明るい返事に、思わず表情が緩む。
つないだ手をどちらともなく強く握った。
あぁ…、そうだ。産屋敷が許してくれるのなら、墓参りをさせてもらおう。
俺や他の鬼が奪った命に、一生償うのだ。
罪滅ぼしではない。
そんなことをしても、鬼だった俺は許されることはないのだ。
日神楽家に嫁いだ男としても、元鬼から人に戻り鬼を狩る側の人間としての責務であり、俺が心からやらなければならないと思うからだ。
ただ、桜華が万全にならなければそれは難しいだろう。
またあのような悲劇は見たくない。