第13章 暗雲
昼下がり。
桜華と新しく来た助産婦が楽しそうに話す声を聞きながら、俺は一人書斎に籠っていた。
手が震えて止まらない。
これは今に始まったことではない。
気を抜いているとどうしようもなく
人間として得られる幸福が
鬼として自分自身が積み重ねてきた罪に後ろ髪を捕まれるような強烈な不安に刈られることもある。
桜華や彼女の回りにいるものは、極論で言えば全て血の繋がりもないもので、俺が与えてきた不幸は直接的なものがない。
そして今、桜華の腹に己の遺伝子を分けた子どもがいる。
二人分の速度で育っていくのを桜華の腹部で実感するほど、俺の手の震えは顕著なものとなり、それを隠すように気がつけばいつも手を握りしめるのが癖になっていた。
嬉しいのは本心で間違いないし
俺は本当に幸せだ。
最近になって夢を見る
底無し沼から俺が殺した人間が手を伸ばし
幾重にも絡み付くそれが、俺を引きずり込もうとする光景を。
抵抗する権利はない。
だけど、生きると誓ったし
殺してきた命とも向き合っていこうと誓ったことも本当だ。
手が血塗れて見えて呼吸ができなくなる。
守ると誓っただろう
でも、この手で純真無垢な赤子に触れることが
父になることが許されていいのか
そんな無責任なことを言えるはずもない。
この俺の中にある恐れの隙さえ、またあの日のように大事な人を失う兆候のように思えて
隣に桜華の暖かさがなければ安心して眠りにつくことすらできない。
「狛治、入ってもよろしいでしょうか?」
「…っ、あぁ」
障子の向こう。逆光で影が隠す、その笑みを含んだ穏やかな眼差しがずっと俺が死ぬまで見ていられる確約がほしい。
不思議そうな表情になった桜華に手招きをする。
応じて俺の前に来た彼女の腕を引き座らせ、俺の膝の上に頭をのせる。
腹が大きい今の桜華が楽な姿勢らしい。
手触りのいい髪を撫でる。
耳の縁をなぞる。
わずかに感じる体温がひとときの安らぎをもたらす。
そして手の震えは一時的に収まる。
「用事があったんじゃないのか?」
「いえ、お時間があるようでしたら一緒に過ごしたいと思いまして…」