第13章 暗雲
「なにか、悪い夢を見たのですか?冷や汗が凄いです…」
狛治の手は冷たく、僅かに震えて、よく見れば額には汗が流れていた。
顔を覗き込むと、罰が悪そうに視線を反らす。
「いや、…」
言葉を詰まらせ俯く様子に、昔を思い出しているように思えて自分も苦しくなる。
「見守ってくださる方は沢山います。それにわたしは戦えるし、わりと感のいい方なんですよ?
助けに来ていただけるまで、持ちこたえてみせます」
安心するように笑ってみせる。
だが口にした言葉は嘘偽りのない、桜華の本心だ。
まっすぐに見つめる先の同じ色の瞳はうるりと揺れて、気づいた時には強く抱き締められていた。
「もう、守りたいものがこの腕をすり抜けてしまうのは堪えられない…。
誰にも奪われたくない…!壊されたくないんだ…。」
ずっと前夢に見た光景を思い出して、胸が締め付けられる。
消えないトラウマとして感情に強く焼き付けられた大切な人の死。それをいやと言うほど思い出してしまうのは、桜華とておなじことだ。
しかし、すぐ隣で珠世が見ているというのに、ここまで弱い姿をさらけ出す姿を目の当たりにして、自分が思っていた以上に思い詰めてしまっていたのだと察する。
「誰も死なせません。もちろんわたし自身も赤ちゃんも…
全部あなたがくださった命ですから…」
腹のなかで子が蹴った感触がした。
それが腹に触れている狛治にも伝わり、ふと体を離して腹を撫でた。
「すまない…。おまえらの父親になるというのに取り乱してしまった」
まだ見ぬ我が子へと向ける愛に満ちた眼差しが喜びを滲ませて、少し強がってみせるのがいじらしい。
胎動を感じたあたりで手を重ねて耳をあてがう夫の頭を撫でた。
「一人で抱え込んではダメ。弱さを隠さないでください。
狛治のまわりには、頼りになる人が沢山いるのですから。」
「そうですよ。わたしたちも可能な限りそばにいて、お二人と赤ちゃんを守りますから」
しばらく時が止まったようにわたしと珠世さんを見ていると、表情が緩んでいくのがわかった。
「あぁ…そうだな。頼りにしている。」
穏やかさを取り戻した眼差しの奥に、鬼から人に戻ったあとで出会った人を思い浮かべたのだろうと悟る。
この目で見てきた昔の状況と違う。
彼は一人じゃない。