第13章 暗雲
寝息を立ててわたしを抱きしめたままの強い体躯は、振り返るとあどけない子供のように穏やかな顔をしている。
背中に感じる体温と鼓動、腹の上に重ねられた手がわたしを守っている手が、出会った頃と変わらず優しい。
息遣いが首元をくすぐるようで、匂いを嗅いでいる大型犬のようだと、思わず笑みがこぼれた。
布団をめくれば堕落した手が滑り落ちて、軽く身じろぎをする。
いつもなら、これくらいでも起きてしまうほどなのに、今夜は余程疲れているのか深い眠りのまま。
無垢な面立ちで眠る夫の頬。かつて痣があった場所をスッとなでた。
春の深夜。
廊下に出れば、月の穏やかな光が照らしていて、心地よい風が吹いている。
先日、長期の任務に出かけていった友人は、おそらくこれまでより命の危険が強い場所に行ったのだろう。
月に手を合わせ、無事を祈っているとふわりと肩に何かが覆う。
「眠れないのですか?」
「いえ、先ほど目が覚めてしまって…」
後ろを振り返ると、珠世のいつもの憂いで満ちた優しい眼差しが、どこか、いつもよりも温かみを感じる。
桜華は少しだけ笑みを浮かべて安心させるように言った。
このところ、いつでも対応できるように共に生活をしているため、愈史郎の血鬼術の紙も厳重に貼られている。
そこをかいくぐって帰宅してくる二人は、いつも以上に警備を強めてくれていた。
「愈史郎と先ほど帰ってまいりました。
今宵は月がよく見えますね…」
「はい。お勤めご苦労様でございました」
「狛治さん、珍しくよく寝てらっしゃいますのね。
いつもでしたら、このような時間ですと狛治さんが一緒ですのに…。」
微笑ましそうに桜華を見る眼差し。
夜中さえも二人でいる様子を揶揄っているのだろう。
でも、それくらいに過剰に敏感になっている狛治の気持ちも分かる。
過去の出来事がそうさせているから。
今日は珍しくぐっすり眠っているのが嬉しく感じるほど、最近の狛治は多忙だった。
「最近は、稽古をつけるのが楽しいようでして、ついやりすぎてしまうみたいです。
無尽蔵に動けても、その分力を使っていないときによく眠っているようです」
「そうですか…」