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鬼ヲ脱グ【鬼滅の刃】

第10章 天照手記ー魂の記憶ー



言われた場所まで四半時ほども立たぬ勢いで駆け抜け、七重の塔が見えたあたりで兄を探しはじめた。

今宵は満月であるのに、新月の如く暗闇に包まれる。
兄は近くにいる。
鬼となった兄は近くにいる。

暫くそこで探し彷徨う間にも思い出す。
幼き頃、父上の目を盗んで遊びに来たり、飯を共に食してくださったこと。
父上に酷く折檻されても、何の気なしに笑顔で会いに来てくださったこと。

兄の笑顔が無くなってしまわれた日の事も。
一度別れた時の兄の表情、胸にしまう笛を渡されたことも。

再会した時、兄だけしか助けることが出来なかった。
その時の驚いた表情も、
私を追って鬼狩りに加わってくださった事も。
共に鍛錬し、鬼を倒したことも
痣を持ったものが次々と亡くなり、責められた私を庇って下されたことも。

でも、あの時も兄の本当の胸の内を気づくことは出来なかった。申し訳なく思う。

桜華たちと共に暮らし、歳を重ねて、あの頃から長い歳月が立った。

そんな今となって思えば、兄の私と共にいることを誇りに思うて下されて言った言葉さえ、私は気づかずに反故にした。
その心とは違うことを言っては、兄を傷つけてしまったのだ。

兄はそう。ずっと一人だった。
気付いてやれなかったのだ。

兄に対してのやりきれなさ、後悔から涙が次々と頬を伝う。
私が鬼にしてしまった。




突然の強風に葉がカラカラと音を立てて舞い上がった。

突如禍々しく重い空気になり、風がやむ。

すっと静かになって、静寂の中
煌々と大きく赤い月が己の心を映す。

風になびく紫の石畳模様の後ろ姿
今も変わらぬ鴉の濡れ羽のような美しい漆黒の髪
忘れもしない。

「あに........うえ........。」

静かに振り向くその時間は
息をのむくらいに狂おしいほど
ゆったりと流れるようだった。

赤い双眼が三対。黄色い瞳。
私を覚えておられるのか、その憎しみで生まれた目は少しばかり愁いを帯びていた。

「縁壱...。」

鼓膜を揺らす、懐かしい声。

沢山の想いが
湧き上がる懺悔の想いが
沢山の伝えたいことが

浮かんでは泥水に混ざるように溶けては濁っていく。
彼女の事は言うてはならぬ。
私は私で、兄に会いに来たのだ。

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