第10章 天照手記ー魂の記憶ー
正縁と巌定にも最期の挨拶を交わし、もう戻らぬ事を告げ、屋敷を出た。
最期にこの数十年したためた手記を確実に繋いでくれる者に託さなければならない。
珠世のところだ。
兄は相当な手練れとなり、柱をもってしても勝ち目がないほどに強いという情報から鬼狩りたちには決して近づかないように指示を出し、居場所を突き止めてもらっている。
珠世と無惨の支配下の鬼を近づけてはならぬ。
細心の注意を払いながら、珠世の住まいに着いたのはひと月たった頃だった。
その頃には私の容姿は急激に老いて珠世にあった時は少しばかりやつれてもいた。
兄の事をあれからずっと考えていた。
兄が受ける権利があった愛。兄の家族の繁栄。
私があの時、もっと早く助けられたのなら、兄にはあの家族の中に居られただろうか。
己の兄に関する悲観的な思いを、記憶の中の桜華と妻が笑顔を見せる事で否定してくる。
残り僅かなこの命。しっかり燃やし尽くせるだろうか...。
そのような問いも、宗寿郎の言葉が蘇り、包んでくれる。
ただ、兄の心にしっかりと刻み込む。
私を忘れぬように。
それが兄の心に負の感情として残ろうとも。
私と桜華。例え、二人で時を同じくして迎えに行けなくとも。
珠世はそんな私を見透かして、ただ一言「必ず時が来るまで丁重に預かります。」といい、「また会おう。」今世最期の挨拶を交わし別れた。
来た道とは別の道を通る。
そこで野良鬼を一体仕留めた。
鴉が来てこう告げた。
「”黒死牟”ここより北北東。七重の塔!七重の塔付近に現れた!七重の塔に現れた!」
ここから近いそれは、ここよりふた山超えた先にある。
私は迷うことなくそこに向かうことにした。