第10章 天照手記ー魂の記憶ー
直感で最期の言葉を残したいのだと思い傍らに座った。
「桜華」
「父上........。」
昨夜まで呼吸が荒かったのが嘘のように、呼吸は安定し、明瞭な声に胸が苦しくなる。
「苦しくないか。」
穏やかな顔で笑うそれは出会った頃の幼さを思わせるような優しいものだった。
「父上は長く生きてくださったので、わたしはずっと一人ではございませんでした。」
「それは私も同じだ。」
最期、力が入らぬ彼女の手を握りしめる。命が抜けてしまう瞬間を受け入れられない。
私は長生きしてしまったせいで、沢山の者を見送った。
出来るのならば、桜華もこのまま持ち直して私が死ぬのを見送って欲しい。
そんな想いを軸に様々なものが蘇る。
出会った頃から今までのこと
その時に抱いた様々な思い。
桜華の様々な表情
向けられた愛。
見送って欲しかったなど、この年まで生きてしまった私が言うべきではないと思っているのに、言葉では抑えられても、涙がとめどなく溢れた。
「”御守り”...を。」
兄の渡したであろうそれを手に握らせる。
手に触れた瞬間ふわりと力なく笑うそれは、今までにないほどに鮮烈に心に焼け付くほど美しいものだった。
「あの世で、もし、兄”巌正”と会えましたら、何と詫びましょう...。一度も会うことは叶わなかった。母は、父を待っておいででしょうね...。」
「詫びる必要も、肩身を狭く思うこともない。桜華は大きな事を成し遂げた。それは巌勝、本来の父を救おうという一心での事であろう。綾乃殿も静子殿も伊左衛門殿も喜んでおられる。恥じる事はない。」
「有難うございます。」
本来の父に会いたいとは言えないのだろう。それはこちらから見ていてもよく分かるほどにそれを耐えて、ここまで頑張ってきたのだ。
私からもそれを口にしてはならないそう思った。
「父上。いつかお約束した事........。あの日の事を覚えておりますか?」
「あぁ。...覚えている。」
「もし、わたしの命と父上の命に来世があり、...共に生きる事を許される時代がありましたら、その時に巌勝がまだ鬼として生きておりましたら、今度は二人でお迎えに参りましょう。
再び共に戦いとうございます。」
「約束しよう...。」
桜華は頬に涙を伝わせて、大きく頷いた。