第10章 天照手記ー魂の記憶ー
それからも、日神楽家は細手塚家と親族と共に不安定な世の中に抗うようにゆっくりと成長をとげ、3代目までに引き継がれた。
3世代目も炎の呼吸、日の呼吸、月の呼吸、結の呼吸その他の呼吸術も各々習得し、鬼に見つからぬよう住まいも変え、家族ごとに離れて屋敷を構えるようになった。
全ては、誰かが生き残り、それぞれの呼吸術を後世へと引き継ぐため。私もまだまだ体が動けるうちはと鬼の頸に刀を振るい続けた。
この世に私が生き続けることで沢山の者たちが、それぞれ未曾有の危機に備えることが出来るように。そして何よりも、この美しい世界に多くの守りたい命が何にも妨げられることのないように。
私の今生の使命を果たし、身命を尽くそうと奔走した。
同時に若い姿のまま鬼として生きる兄を探しながら........。
髪は大半が白髪になり、しわも増え、老いさばらえた容姿になっても、天はまだこの世で私に大切なものを守る力と命だけを与えてくださる。
鬼狩りの他は、日が高いうちは、私たちが親子になった頃のように二人で過ごした。
あの頃よりも遥かに穏やかでゆるりと過ぎていく時間の中で、それぞれの過去を振り返る。
穏やかな日々は最後に残された時間の様で、あるいはあの日仄めかした”来世”への準備のようにも思えた。
それから、また10年もの年を超えた頃、少しずつ私の身体と桜華の体の衰えが顕著に表れ、残りの命の灯も僅かなものと悟った。
翌年の寒さが穏やかになってきたころ、桜華は66の歳を迎え、私も86になる。
その頃から、桜華は兄が渡したであろう”御守り”を肌身離さなくなった。
暫く経ったある日。桜華は風邪をこじらせ寝込んでしまい、ひとつき程寝込んだ。それでも持ちなおすことはなく、残りの時間が残り火の激しく音を立てるかの如く削られていくように思えた。
意識も朦朧とし、話しもろくに出来ぬようになっていよいよ残りの命が今日か明日かという時に家族が屋敷に集まった。
壮年になりつつある桜華の子どもたち。
青年になった孫たち。
皆に見守られながらも一度も目を開けることがなかった。
子どもたちが集まった次の日の夜。
皆が寝静まった頃、手ぬぐいの額当てを替えに桜華が横たえる寝室に向かう。
彼女は久方ぶりに目を覚まし、天を仰いでいた。