第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「鬼の始祖、鬼舞辻無惨は、縁壱が死ぬのを待ち、鬼狩りを滅ぼしに動くでしょう。それを、他の鬼の命と目を借りて監視しています。
もう、縁壱のような剣術を扱える剣士はいない。
無惨を斬れる人間はいなくなるのです。
そして、鬼となった父が右腕として傍にいる事でしょう。
彼らは、必ず縁壱が亡き後動き出す。
皆は耐え忍び、生き抜いてください。鬼狩りの火を絶やしてはなりません。息を潜めて力を、呼吸術を継承していくのです。」
その言葉に、皆は唇を噛みしめ、俯いた。
悔しかろう。苦しかろう。
力を持っていたとしても同胞である鬼狩りたちの命を助けることが出来ぬことを。
柱と御館様にしか知られてはならぬとしたのも、もし、剣技、呼吸術が絶えんとする時に、この家の当主が”育手”として種火となるためだ。
そのため、柱の中には理解できぬ者が生まれるかもしれない。
良く思われない苦しい立場になる。その手始めとなるのが、私亡き後の惨劇になるであろう。
「大叔父上様の御立場も、祖母上様の御立場も、そして、この日神楽家の立場も弁えて御座います。
どんなに苦しかろうとも耐え忍び、鬼狩りの種火となって長い息をつないでいく事をお約束します。」
若き次期当主となる正縁がそう申した。
その言葉の根幹にはしっかりと、桜華が目指す日神楽の心があり、己の芯軸となっていることが解るほど。
この先長かろういばらの道をこの者が一番長きに渡って歩むことになるであろう。それを耐え忍んでいくだけの気概を見せつけられるような男だ。
「兄同様、私も同じ気持ちでございます。しっかりと兄弟手を携えて、この日神楽家を鬼狩りの呼吸術継承家として、または、未来永劫に続く商家として、鬼狩りの世を支えていく所存でございます。」
巌定もまた兄によく似ておる。桜華に引けを取らない人格者であり、兄弟仲がよい。
恐らくこの者たちは次の世代に上手く繋いでくれることであろう。
桜華は二人を慈悲深い眼差しで見つめて、ありがとうと呟いた。
「日神楽舞踊とこの日神楽家、そして、日と月、それを結ぶ結の舞を絶やすことなきよう、あなた方にお頼み申します。
志高く、鬼にも慈悲の心を忘れずに、己を常に見つめて、日神楽の道を歩みなさい。
頼みましたよ。」
「「はい!!!」」
力強い声が屋敷を支配するように響き渡った。