第10章 天照手記ー魂の記憶ー
翌日、桜華に話をすれば、是非とも試してみたいというので、桜華と僅かな距離を置いたところで鬼を捕獲することにした。
人間のふりをする子鬼と出会ったのはそれから数か月の事。
「お姉ちゃんの近くにいると、こころがじんわりする。”あのお方”の声が聞こえなくなるんだ。」
それが子鬼が抱いた桜華の印象と評価だった。
珠世と桜華とが話し合い、その後、その子鬼を観察しながら飼うことになる。
子鬼の名前は哀禍(アイカ)といった。
桜華の前にいると、まるで人間の子どもの様で、ひどく桜華に懐く。
その頃に、検証に協力するように申し出る。
哀禍は「姉様のためになれるなら」と喜んで引き受けてくれた。
10日に一度だけ桜華の血を与えるだけで、その他には飲み物以外を一切取らないようにして観察した。
その間、一度もその子どもから無惨を感じることがない。
鬼は睡眠を必要としないにもかかわらず、日が経つにつれて眠る時間が増えていった。
昼夜逆転をのぞけば本当の年相応な生活を送るようになった哀禍だったが、同時に人間の頃の記憶も思い出すことが多くなる。
母親の名前
住んでいた場所
鬼になった経緯
思い出したことはよく桜華に話し、時に涙ぐむことがあれば杏寿郎も一緒になって慰めたりする。
哀禍は飢饉で村人がほとんど飢え死ぬのを見ていた農民の生き残りだったという。名前は狛太と言った。
哀禍の容態が急変したのは捕獲してから1年が経った頃。
鬼そのものの力が急激に衰えて、寝込むようになり、呼吸も荒れた。
桜華が血を与える量も増やしたが、それをすれば哀禍の容態がますます悪くなる状態だった。
それから数日後の日が昇る頃、思いつくことを試したが、何も功を成す事なく亡くなった。
死体はなぜか塵にならず、太陽にさらしても崩れない。
まるでそれは人間の子が静かに眠っているような穏やかな表情だった。