第10章 天照手記ー魂の記憶ー
翌々日、夕刻に合わせて珠世のいる屋敷に3人で会いに行った。
「珠世様、初めまして。継国桜華でございます。父からあなたのお話を聞かされております。
こちらは、夫の杏寿郎。どうか、お見知りおきください。」
桜華は珠世の心中を思うてか、いつもよりさらに声柔らかに言葉をかけた。
珠世も桜華が兄に似ていると思ったのか、口元を押さえて涙を滲ませていた。
「あなたの御父上のことは少しばかり存じております。
鬼になる事を止めることが出来ず申し訳なく思っています。
本当にごめんなさい。」
「何をおっしゃいます。父は自らの意志で鬼になったのです。寧ろ父を鬼にしたのは父の御心に寄り添えなかった、私たち家族にあるのです。
どうか、そのように涙を流さないでください。」
そう言われて、頭を上げた珠世だったが、瞳孔が鬼のように縦に割れて、心なしか呼吸が荒く思え、刀を構えた。
それはとなりにいた杏寿郎も同じくだったようで、桜華が珠世に気づかれないように背を向けたまま、私たちの刀を持つ手を押さえた。
「わたしの血が欲しいのですか?」
「い、いえ...。」
「斬りはいたしません。苦しいのでしょ?あなたからはわたしたちに背を向けるようなことをこれまでしませんでした。」
「なぜ、それを?!」
「心が読めるからです。そして、あなたは誠実な方です。決して、私たちや他の人間を喰らわない。」
珠世は桜華が怯むこともなく表情も心も揺らがず優しさを向けたことに、しゃがみこんで嗚咽交じりに泣き始めた。
それにすら、屈んで怖気もせず背をさすり微笑んで見せる様に、この娘にはほとぼと敵わぬものだと感心した。
「取り乱してごめんなさい。でも、鬼である私からは、あなたの血が、”稀血”の中でかなり異質なものであり、危険なもののように思うのです。」
呼吸を整えて、桜華から離れた珠世は屋敷に入ってすぐの部屋に我々を案内した。
それでも、どこか落ち着かない様子が気になり二人に断りを入れて珠世を外へ連れ出した。
「私の血であれば、足りるか?」
と問う。
「どうか......、そのような事をなさらないでください。」
「人を喰らうより、遥かにマシであろう。」
焦る珠世を無視し刀を少しばかり抜いた。