第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「娘は優しく強い女子(おなご)だ。そして、鬼にも情がある。
そして、彼女の本当の父親の事をも救いたいと思っている。
何世にも渡ってでも、どんなに時が経とうとも、一人闇に追いやってしまった兄の心を救おうと思っている。」
珠世がゆっくりと顔を上げた。
泣いたであろう目はまだ、うっすらと充血していた。
「お会いいたしましょう。是非、会わせてください。」
その時見た、心から滲むような笑みは、今までずっと見せてきた悲しい顔とは全く違うものだった。
それからは少しばかり、互いの近況を語らい、桜華たちの事も話して聞かせた。
あの日見た悲しい顔、怨念の対象が滅ぶ期待の表情でもない、人間らしい珠世の表情に、今、二人に合わせても大丈夫だという確信がもてた。
別れ際、
「縁壱様、久しぶりにお会いしまして、このような私を信じて頼ってくださったこと、真に有難く思っています。
久しぶりに笑うことができたのも、縁壱様にお会いせねば出来ぬ事でした。本当になんとお礼を言ってよいか...。」
「こちらとて、無理な願いを叶えてもらうのだ。
それに、礼を言うには些か早かろう。
桜華にも会ってはおらぬ。何も始まってはいない。
全てはこれからなのだ。」
「そうでございますね。」
珠世の朧気だった瞳は、期待と希望にひとつの光が差したようで、この者に頼んでよかったとその時思ったのだった。
翌朝までに、一体の鬼と対峙し、滅ぼした。
鬼になったばかりであろう。理性のない種だった。
だが、そこには始祖の気配はない。
私があの者を斬ってからというもの、あれ以来、強い鬼の目撃情報も、被害も聞かない。
それは未だに、弱き鬼から私の存在を感知して避けているようだった。
兄も然り。
まるでそれは、私が死すのを待ちながら
ひっそりと準備をするかのように。
珠世に約束させたように
桜華が志を自ら立てたように
こちらとて、私が死んだ後の準備も始まっている。
これからもさらに長くなる鬼の世を
あの晩、桜華が願ったように、生まれ変わりてまた、桜華が兄を救い、終わらせるその日まで
意志は各々で引き継ぎながら
獅子や龍の如く強かに”その時”を待ちそなえていくだろう。
想いは不滅であり
志は愛した者が己の意志で受け継いでいく。