第10章 天照手記ー魂の記憶ー
それから間もなく三河に移る。
その時に驚いたのだか10年ほどたっても尚、住民たちの中で三國屋の静子殿も伊左衛門殿も生きているかのように評判が薄れておらず、桜華が返ってくることすら待ち望んでいたことだ。
取引があった店や問屋から、私たちが帰ってきたと同時に噂がいったようで、店に人が押し寄せた。
これには桜華でさえもかなり驚いており、それも生前の両親が施してくれていたものだと聞かされては涙を流すほどに喜んでいた。
帳簿整理、取引先確認、江戸へ移る取引先の確認、債務整理、支店にいた者も協力して、想定していたよりもかなりの速さで事が片付いていった。
街のものからは
「本当に江戸へ行ってしまうのかい?」
「桜華ちゃんがこんなに立派に帰って来るなんて、でもすぐに行ってしまうんだろう?」
と別れを惜しむ声も早々に聞かれる。
それに困惑しながらも、街の者と過ごす時間も僅かながら楽しんで、桜華は故郷に戻ったかのように笑顔だった。
杏寿郎はその様子を見て驚きながらも、喜んでそれを見ては、その輪に入って共に会話を楽しむこともあった。
そうこうして三河での始末が終わり、また戻るというころ、鴉が珠世を見つけたという情報が入った。
鴉に今一度会って話がしたいと伝言を頼み、返事は私であるならばとのことだった。
その翌々月には共に商いを移す者たちと江戸へと戻り、かつて住まいとしていた屋敷に戻ってきた。
細手塚家に頼んでおいた、”日神楽”の新しい店と住まいの建設が始まり、ひと月かかってようやく落ち着いてきたころ、先に私だけで行き、後日桜華と杏寿郎と共に会いに行く事となった。
「鬼と敵対せず会うことになろうとは、今生にはあり得ん事だと思っていた。」
と、杏寿郎は申していたが、信頼する鬼ならばとどこか不思議そうな様子ながら同行する事になった。
一方桜華の方はまだ、”鬼”という者にあったことがないからか、私の話を聞いてか、普通の私の知り合いとでも会うかのように平常心であった。
「父上が信頼されている方なら、同じ人間の知り合いと何も変わりがございません。」
そうも言っていた。