第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「ならば、もし、万が一にもわたしたちに来世があり、どちらかに記憶があれば、
その時、鬼が支配する夜が終わっていなければ、二人でお迎えにあがりましょう。
苦しくとも時代は少しずつ、良い方へ変わっていくはずだから.....
きっと分かり合える魂となって再会出来る時が来ると信じています。」
その言葉は、わたしと兄のことを言ってはいても、彼女自身との父子関係でもあった。
優しい兄のままで共にいられる時代
私がなんの優れた体質を持たず、ありのままで生きられる時代
いつか生まれ変わってそのような時代が来るのなら、最初に迎えに行くのは"桜華だけ"が相応しいはずだ。
鬼になった最大の要因は私なのだから。
もし、来世がありどちらかが覚えていられるなら私の方であって欲しい。
再びこうして桜華を導いて、兄に一番近い所で来世の戦いができるように。
「そうしよう。」
どのみち、共に戦うのは同じこと。
形が色々あるからこその当たり障りのない返事で答えた。
その時、眩い閃光を伴って一筋の長い尾を引いた星が目の前を横切った。
顔を見合わせ、笑みを交わした時、
なぜかそのことが実現するという予感を強く思う。
「きっと叶う。」
そう、呟いた時に満月の下で穏やかに微笑んだのが、月下に眠る菖蒲の花のようにたおやかに映った。
帰り道、少し淋し気に羽織の裾を掴んで俯き歩く桜華の姿は、共に三河からこちらに赴いた頃からの変わらぬ癖。
親を3度に渡りなくして来た心にとって、私はどれ程寄り添えただろう。
「今宵が父上と二人、同じ屋根の下で過ごす最後でございます。
また、幼き日のように布団を並べてもよろしいですか?」
その言葉を受け入れて夢枕で見たものは
菖蒲の花の背に人知れず再会していた淡い日と月。
何度目かの心が砕けるような音と言い表し難い想いが、
心のそこから強く湧き上がるのを感じた。