第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「まだ、父上には傍にいていただなければなりません。珠世様ともお会いし、子孫にも稽古をつけねばなりません。
それに.....」
「言わずともよい。気持ちは恐らく一緒であろう。」
かつて、隣にいたはずの身内の心の闇に気づいてやれず、癒すことすらできなかった者同士。
大きな罪を犯し、今でも、そしてこれからも、沢山の者の尊き命を奪っていく親族を抱える者同士。
心を蝕む痛みを分かち合えるのは今までも、これからも桜華一人だけだ。
「わたしは、当主となる以上、わたし自身に対しましても、他の方にも心を鬼とせねばならぬ時もあるでしょう。
既に、杏寿郎さんもご存じだとはおもいますが、ひとつの戦略でも快く来てもらっております。
わたしの真の目標は父の終わらぬ闇と苦しみから解き放つこと、鬼の世を終わらせることです。
そのために、わたしはわたしの商家を築くのです。」
「己を見失わず突き進め。味方は沢山いる。」
「.....はい。」
多くは言わなくとも、私の前では取り繕わずわかりやすい表情を見せる。
出会いし頃に、よく懐いていたのを思い出す。
「でも、本当は....今生で父巌勝に会うても、心に寄り添えぬ事が心苦しい。
私だけで赴いても、恐らく鬼の世を終わらせるほどの戦力にはなりますまい。
恐らく、わたしが死ぬまで父に会うことすら叶わぬでしょう。」
鬼狩りを去ってからあの時の"痣者"はもうこの世にはいない。
そして、鬼の方もあれ以後弱い鬼しかおらぬし、呼吸術を師事し痣を出させる者もいない。
加えて、側近になったであろう兄も無惨とともに行動している可能性すら大きい。
ならば、私が生きている限りは姿を表すこともないであろう。
「父上.....輪廻転生とは仏の教えのように、真にあるのでございましょうか....」
声色と唐突な問いに桜華を見た。
空を仰いで、苦しげに細める目には涙を浮かべている姿に己の幼少期の心情と重なり、チクリと胸が痛んだ。
「あったとしても、覚えて産まれてくることは聞いたことも無い。」
ヒュっと息を飲む声と勢いよくこちらを向いた気配がした。
「だが、真ならば、それはそれで良い。忘れてても、今世で成したことは無駄ではない。無駄にはならない。」
「そう......信じていこう。」