第10章 天照手記ー魂の記憶ー
縁談が纏まり3ヶ月たった。
その間も目まぐるしく三河に行くための準備も進め、いよいよ明日はささやかな婚礼が執り行われる。
夜、最後となる同じ釜の飯を二人で食し、二人で近くの見晴らしの良い丘に出た。
今年は例年より気候がよく、夏の盛りを過ぎた夜風が心地よいと思った。
思えば初めて会って10年以上経つ。
今も変わらず兄によく似た横顔が幼き頃より徐々に育っていくのを見ていて、私が継国の家を出てからの兄を思うこともよくあった。
優しさも
凛々しさも
時より見せる満面の笑みも
鍛錬にひたむきな姿も
女であり、商人であることを除いては親譲りだと思えるほど。
横を歩く桜華とここまで歩んできたことを誇りに思い、同時に感謝の念も湧いた。
何を思うか、夜空の星を見上げては、虚ろ気に目を細めては、ひとつ大きな息を吐く。
「父上......。」
切なげな息の混じった声。どこか消えてしまいそうなほどに細く感じた。
「わたしとずっと一緒にいて共に歩んでくださって有難うございました。
あの日、父上と三國屋でお会いすることがなければ、今頃どうしていたかと思うと......。」
「それは私も思うところだ。桜華がしっかりとこの地に私をとどめた。
己への失望と、人生の後悔のみの人生をこうして変えられたのも、あの日三河で桜華が引き留めてくれたからこそだ。」
あれから、兄が人を喰らう夢も見た。
鬼狩りを追放されたとき、痣を持った仲間が次々と息絶えてしまったとき、兄が鬼となり御館様の頸を撥ねたと聞いた時、そのことで仲間に咎められた時、苦しい夢は幾度となく見れど、
目覚めた時に、同じ屋敷で寝息を立てる桜華の存在に何度助けられただろう。
一人では到底抱えきれないほどの闇を
どれほど照らしてくれただろう。
桜華も今までに何度か、己の本来の父を夢に見たという。
それでも、お互い同じ闇を持つ者がいれば、それはそれでよかったと思えることが堪らなく嬉しかった。
親子となって、この婚儀が一つの区切りであること。
彼女にとって、己より近き存在が出来るという喜びと悲しみと言い知れぬ寂しさが胸を締め付けてくる。