第10章 天照手記ー魂の記憶ー
数日後、杏寿郎はまた"鍛錬"と称して私たちに会いに来た。
新しい痣を、さも誇らしげににこやかに笑って来られるが、見ているこちらからは痛々しく申し訳なく思った。
桜華はそれを見て苦しそうに表情を歪め、杏寿郎の手を引き屋敷へと入っていく。
それを見送ることしかしなかった。
聞き耳を立ててはならぬと、屋敷から離れたところをなんの目的もなく彷徨く。
気がざわめくのは悪い予感では無いのだが、娘が離れたところに行ってしまうのだというもの悲しさゆえであろう。
しばらくそうしていると、どこからともなく子猫が足元に纏わりついてきた。
「親はどうした」
みゃぁみゃぁと甘えた声で擦り寄せてくる様子に、出会った頃の桜華を重ね、自然と懐かしさが胸を締め付けてくる。
血の匂いというものが懐かしさを募らせたのだろうか。
あの日、あの人混みの中で、私を見つけてきてから今まで、兄と一緒にいるような感覚がある。懐かしく思った。
兄の娘から己の娘へと感覚が変わったのはいつ頃か。
小さい頃から今のように大人になるまでの長いこと、二人でいた時間はこの上ない幸せであった。
もう、私にとってなくてはならぬ光であり私自身のようにもなり、その存在はずっとこの心の中で脹れていた。
「桜華......」
「何を遠慮しなさる!!俺は男だ!桜華さんがどのような状況であろうと俺は構わない!
縁壱さんと桜華さんの夢の旅路に俺も入れてくれ!
如何なる状況であろうと、俺の心は変わらない!
我が父、伯父は俺が説得する故、心を病まれるな!
もう一度言おう!俺は君のことを慕っている。君の為ならば何だってしよう!
俺を信じて選んで欲しい!」
五軒隣まではっきりと聞こえるような声に載せられた言葉に心臓を激しく揺さぶられるような感覚で身震いがした。
まるで、雷に打たれたような衝撃だった。
私と同じ心を持って娘を、桜華を強く思ってくれているということと、知られてはならぬ心を見抜かれているような感覚。
桜華の隣に私でない者を受け入れられるのは
この男以外は有り得ぬと思った。