第10章 天照手記ー魂の記憶ー
そして、桜華は伊左衛門殿たちが、血の繋がらない娘にと三國屋を譲り鬼狩りの名家に相応しい商家にするための準備と称して多額の資金を分散して預けていることを教えてくれた。
全てのそれを合わせると、あの二人から聞かされた借金はほぼ完済できるほどだという。
私に黙っていたのは、その資金を使うことがないことを祈っていたからであり、全焼した屋敷の外にある数少ない形見のようなものだと思うようにしていたということだった。
「本当はこんな形で、父と母が遺してくれていたものを使いたくなかった。
それに、これからの商いのことを思うと、やはり杏寿郎さんにも申し訳ないです。
家を捨ててまでと考えてくださるのにこのような状況では流石に....。」
心根を話す桜華は声色からも、相当な落胆が伺えた。
恐らく杏寿郎は、そのことに関して支えになりたいと婿に来るというだろう。
それをよしとしない彼女は、引け目に思うところが増えて気持ちも重たくなるのも理解できた。
「何がどうなろうと、桜華が何を選択しようと、桜華が本懐を果たし幸せになるのを傍で見届ける。
その気持ちは変わることはない。」
俯いていた桜華は顔を上げて、大きな瞳を見開いてこちらを向いていた。
出来るだけ、この娘が明るく笑っていられるように
ひと時でも心休まる日があるように
私が出来ることは何でもしたい。
”共に生きたい”
いつしかあの日願ったことが強くなり、こうして私にしか弱音を見せぬことが愛おしさを増させてくる。
そう遠くない未来
否、すぐそこまで、桜華の元に杏寿郎が婿入りする未来が来ている。私よりも近くにいて彼女を支えるものができる。
それまでの残された時間は同じ”継国巌勝”という深い傷を持つ我らだけの時間が互いを慰める時間を噛み締めていたい。
桜華が私の羽織の裾を掴んで隣に並ぶ。
家までの帰路をそのまま互いに言葉を交わす事もなく歩き続けた。