第10章 天照手記ー魂の記憶ー
他の者にしてみれば無表情、腹の座った様子でいるが、心の中はどれ程か。
怒りと悲しみを押し殺しているようにも見えた。
負債額は相当なもので、倒産していても可笑しくない額だった。いや、実際はもっとあるだろう。
それでも、寸分も躊躇うことなく三國屋を引き受けるという桜華には何か策があるようだ。
だいたい、闇雲に危ない要素しかないこの話を感情のみの判断材料で決断するような人間ではない。
それに彼女の父は当主だったのだ。それくらいの才覚があっても不思議ではなかったし、静子殿も伊左衛門殿もなかなかの豪商だったにも関わらず商売の才覚を認めた娘だ。
素人であり、過去に家を捨てた私が口を出すべきではないと思った。
桜華の隣にいる巧治も、彼女の決断に身震いはしている様子だが、怯みもしない姿に何も口を挟むことはなかった。
家も追われ、贅沢な暮らしも保証されないという状況と条件に執拗に食い下がるが、元の家に住めばいいと突っぱねた。
最初は威勢が良かった男の方も、桜華が放つ威圧と正論に徐々に言葉尻が弱くなり、いたたまれない状況からか、概ねこちらの条件どおりに話をのんですごすごと帰って行った。
巧治の家族は彼らが去った瞬間に感嘆の声をあげて桜華に拍手を贈ったのだった。
店を後にし二人で我が家に帰る。
桜華は何も言わずに視線だけが俯いているようだった。
「いろいろあったな。気疲れしただろう。」
「それも、そうですが.....」
「どうした。」
歯切れの悪い様子は、店にいた時とは全くの正反対で、同じ人物かと思うほどだった。
「父上と、最後に父様と母様の墓に参った時、住職から両親の遺言書をいただいていたのです。
14になった時に読みなさいと言われて、なかなか読めず最近読んだものなのですが....。」
「申せ。」
「このようなご時世だからと、大きな店に成長していた三國屋の行く末を思って、あの人たちにもし、店を潰されたらということを考えていたようでした。
父上と約束を交わしたあの日以来、わたしの為にあの店をわたしに譲るつもりでいろいろ手を打っていたそうです。
未来永劫に続くという大義銘文がつくのなら商人として誉れであるとまで考えてくれていたようです。」