第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「伯父様、伯母様。前置きはもうよろしいでしょうか?」
無の感情。
父親に似た拍のある声には、二人がここに来た理由を悟っている。
桜華の想いを感じ取ったのか、二人から緊張と心拍数が早まり、空気がぴんと張って静まった。
「三河からここまで長い道のりだったでしょう。そこまでして、私を訪ねてくるのなら、店の方は安泰なのですね?」
いきなり核心に迫る問いかけに、男の方が切り出した。
「いやぁ、あの時、ちゃんとお前さんを引き取らなかったこと、悪かったとおもってね。
これからは、ちゃんとお婿さんも見つけてあげるから、うちへもどってきてはくれないかね。」
「わたしは、三國屋の事を聞いているのですが、聞こえていらっしゃるでしょうか?」
「......頼むよ。本当に悪かったと思ってるから...。」
「婿様はあなた方に探していただく必要もありません。わたしの事、父様に何もお聞きになっていないようですね。きいていなかったのでしょうか?
あそこは父と母の宝です。穢したとならば、わたしがあなた方から取り戻すまででございますが。」
「でっ...、できるはずもない!!あんなもの!!」
「あら。こんなにもあっけなく本音がでるのですね。」
「はっ......。」
桜華の放つ雰囲気に恐気を感じたのか、震えあがった男はぽろりと、三國屋で起きている事の重大さを醸し出した。
それを見逃す桜華ではない。
「ちょうど、時が来たとここの店主と話をしていたところです。どこかの店を元に、そろそろ自分の商いを始めてはと。」
これは、初耳だった。結の呼吸術が、次々と形になる中、年齢も、もともと持ち合わせていた才覚も花を咲かせて、今日は杏寿郎のこともあった。
故にそろそろ、商家発足に動き出すかと思うてはいたが、水面下で進めていたとは。
「どれくらいの負債を抱えていらっしゃるのでしょう?こちらとて情報を得て心構えをせねばなりません。」
「戻ってきてくれるのかね?」
「いえ。三河であなた方が去った後の大掃除をした後、三國屋と両親と築き上げた人脈をここ江戸に引き連れて看板を建てましょう。
あなた方お二人が三國屋を去り、わたしと今の父、そして、関係ある者に近づかないことをお約束していただかなければ、三國屋の看板を立て直すことは約束いたしません。」