第10章 天照手記ー魂の記憶ー
その後はいつも通りに鍛錬を積んで、杏寿郎は帰っていった。
こちらも、鍛錬を終えて屋敷に帰ると、巧治殿の奥方が慌てた様子で駆けてきた。
「縁壱様、桜華さん!!大変です。主人の店に”三國屋”と名乗る方が暴れておりまして、桜華さんを訪ねてきて暴れておるのです!」
「「三國屋??」」
その苗字を幾年ぶりに聞くか。
桜華の表情は不思議と冷静なものだった。
「伯父様と伯母様ですね。わかりました。行きましょう。」
私に頼みに来たつもりだったのだろう。慌てた奥方は桜華が颯爽と歩みを進めたのを見て、私に助けを求めた。
「あ、あの...。桜華さん一人で大丈夫なのですか?」
「何か考えがあるのだろう。それに、私が育てた娘だ。喧嘩を吹きかけられても、自分自身も相手傷つけることなく取り押さえることが出来る。」
「流石は継国家の娘さんでありますね。」
「私や継国の家だけが彼女の全てではない。今の表情は三國屋を去る少し前の表情だった。」
あの子にもいろいろあったのかと、不憫に思うている様子で奥方は桜華の後ろ姿を見つめていた。
「行こう。私共とも関係のある事だ。桜華の事だからな。」
「はい。」
あの二人は桜華を引き取ることもせず厄介払いした者たちだ。
彼らがここまで赴いた理由は手に取るようにわかる気がした。
だが、私の心中はその想定した醜き心への怒りよりも、これからあの者たちを前に桜華がどのような事を言って、どのような事を決断するのかが楽しみで仕方なかった。
桜華の後を追って、三國屋の者が待つ巧治の店へと向かった。
店が見えてくると、騒ぎが収まったのか見物人たちが去っていくところで、代わりに、猫撫で声の甲高い声が聞こえてきた。
「まぁ、ご立派になってぇ~。綺麗になったわね?桜華ちゃん。」
「本当だよ。流石は伊左衛門が見つけてきた子だ。」
その話声を聴きながら、店の奥の客間に見た桜華の顔は表情の読めぬもので、冷徹さを感じた。