第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「家の名が障害となり、この痣を心配してくださるのなら、私は家を捨てる覚悟でこちらに来ます。
お二人は今後のことどうお考えなのだ。
後生に技を継承されるといっても、後継ぎはどうなさる。
商家から婿を貰ったとしても、剣を握る才を計ることが出来ない。
武家から婿など、なお難しき事。
細手塚殿に歳の近い男はいない。
鬼狩りの一派を築くなら、鬼狩りを生業とする者からが理想だが、お館様に背を向けてまで、婿入りする男などいない。」
杏寿郎の言うとおりだ。
今まで娘の縁談に背を向けてきたが、もう、桜華もそのような話をすべき時に来ている。
桜華も桜華でそれを避けてきたようにも思う。
「だから、私を使って欲しい。
この世はどう足掻いても女一人の力は弱い。
ましてや、人ひとりの力では何も成すことができない。
君が俺を頼ってくれるのならば、俺は喜んですべてを捨ててくる覚悟がある。」
杏寿郎の真っすぐな視線が桜華一点に突き刺さるように強く向けられた。
私とて、いつぞや死ぬか分からぬ身。
静子殿や、伊左衛門殿もあの夜、家ごと焼かれて死んだ。
人に”常”はない。
桜華とて、もう立派な大人だ。
いつまでも所帯を持たないとなると、彼女の夢も完成しない。
杏寿郎の申すように、桜華が当主を務めると決めている以上、婿を取らねばならぬのだが、それは確かに深く考えれば深く考えるほど難しき問題である。
だからこそ、この者がここまで考えてくれておるのならば、今のように桜華の意志や志を尊重し、慕ってくれるのならば、この上ない話なのかもしれない。
「杏寿郎さんの仰ること、ご覚悟、本当に有難いと思うております。
このお話、杏寿郎さんが、わたしの婿様になってくださるというものならば、ひと月時間が欲しいと思っております。
今できるお返事は、”前向きに考えさせてほしい”ということでよろしいでしょうか。」
「勿論だ。考える時間も必要だろう。君の気持ちも大事にしたいと思っているからな。」
桜華も思うたのだろうか。
戸惑いを抱えながらも、状況と現状から考えても、杏寿郎の申し出が有難いものであるという事を。