第10章 天照手記ー魂の記憶ー
その歳の秋。
杏寿郎が左目の辺りに大きな痣を負ってきた。
私も桜華も驚いたが、次の瞬間、何かを感じてか挙動不審になる。
「やはり、君には隠すことが出来ないようだな。」
この数年共に精進した間柄だ。桜華が心を読めるのはもう充分に分かっている様だった。
桜華の方は杏寿郎が何度も気落ちして心寂しくあるのを奮い立たせてこちらに来ているのを知っていた。
その度に申し訳ない気持ちでいながらも、戦友としか思えなかった彼女は、首を突っ込んではいけないと思い、どこかやりきれない気持ちを、以前一度だけ私に吐露したことがあった。
察するに、元服の義を終えた後、見合いや縁談を何度も何度も断り続けていたようだ。
気持ちは自分の方に強く向いているのだと知っているからこそ気持ちや己の父のことで、杏寿郎の気持ちに応えてやれないことを心苦しく思っていた。
今回はどうやら、二十歳を目前に桜華を理由に縁談話を断った事に、あの二人から今までにないほどの激しい叱責を受けたのだろう。
そういうことでは相手に攻撃や防御の姿勢をとることは絶対にしない男である。
炎柱、煉獄家は昔から鬼狩りの名家であり武家同等の身分。
よって産屋敷の仇である巌勝の娘の元に婿になどと、いくら今までよく付き合いをしていても許されるはずがない。
「お二人のご事情そして、桜華さんの御心も私に向いてはいないのを承知している。
誠に勝手ではあるが、どのようなお相手との縁談の話が来ようと、私は桜華さんの力になりたいという意志を上回ることはないし、お相手の方にも中途半端な己のまま縁談を受け入れることが出来ないのだ。
これは、私の我儘だ。
お二人は今まで通り接して欲しいと思っている。」
痛々し気な目は穏やかに笑って見せるが、筋肉が動くたび痛むらしい。
「なれど、そのようなことになってまで力になっていただくなど心苦しく思うのです。
お会いしてから今まで杏寿郎さんは色々助けてくださいました。もう、そのお気持ちだけで充分嬉しゅうございます。
ましてや、わたしの父は鬼狩りの仇でございます。
由緒正しき煉獄家の名に傷はつけたくないのです。
その痣もあなたがここに来て、我々と関わってはいけないという何よりの証拠でございましょう?」