第10章 天照手記ー魂の記憶ー
屋敷を出る時、門には杏寿郎が立っていた。
「もう、御帰りですか?母が夕飯をと申していましたが.....。」
「いいや。それはお断りしてきたところだ。」
「そうでしたか...。」
落胆した様子で俯いた。先ほどから何かおかしい上に耳が少々気候に反して赤い気がした。
「あの.....!」
ちらりと桜華の方を見てまた反らしたところで、そういうことかと察しが付く。
「また、お二人でいらしてください。」
「あぁ。また、世話になる。」
「はい!!お気をつけて!」
「有難う。」
隣で、桜華が頭を下げる。
「杏寿郎様。見送り有難うございました。弟様と仲良くされてくださいね。」
「は...はい!!」
顔を真っ赤に染めて改めて頭を下げた。桜華は対してそれに気を止めることなく、くるりと背を向けて歩き出した。
その背を少しばかり追った後、再び杏寿郎の方を見た。
「桃寿郎殿が許せば、稽古をつけてやろう。そなたの剣を見てみたい。」
「よ...よろしいのですか?」
「来るときには事前に連絡をくだされ。」
「はい!有難うございます!」
返事を聞いて会釈をし、こちらを向いて待つ桜華の元に駆ける。
杏寿郎は私たちの姿が見えなくなるまで門の前でずっと立って頭を下げていた。
「桜華.....。」
呼んでおいてはっとした。
何をどう聞けばよいかと。
だからと言って、気に留めないそぶりをしていて、内心そうでもないのならと思うと、胸の奥が疼く気がした。
世の女子の父親というものはこういうものなのかという思いと、
その思いが、娘がいるという証なのかと思うと少しうれしくもあった。
「父上。」
「あ、あぁ...。」
悪戯そうに笑むあたり、もう察しがついているのだろうか。
真にとっさの嘘も誤魔化しも利かぬとは恐ろしいものだ。
「わたしは、父上に教えていただかないといけないことが山ほどございます。
明日からよろしくお願いします。」
その笑顔と言葉に気を取り直してしまうの己の容易さに、呆れと喜びが同時に湧くのもまた心地よく感じたのだった。