第10章 天照手記ー魂の記憶ー
用意された屋敷は立派なもので、親子二人で住まうには充分なものだった。
街も近く利便性も良い。それにこの地形から見るに、炎柱の弟の一人の屋敷が近いだろう。
表向き商人を志し、鬼殺の一端を担う家にするというのならば、最適な場所やもしれぬとそう思った。
「父上!ここは三河と違ってもっと活気に溢れておりますね。
ここが、私達の拠点の町となるのならこんなに素晴らしい場所は他にないでしょう。」
「そうだな。」
幼子が言うには大人びいた言葉だが、無邪気に笑うその横顔に私がしていた耳飾りが揺れている。
人生とは誠に摩訶不思議なものだ。
つい数年前まで人生の底を見て、散々己の存在や運命を憎んでいたというのに
それを包んでくれる友と出会い、その後、覆さざるを得ない者と出会い、今はこうして娘となった姪と志を同じくして長い旅をしている。
大切な人を失い鬼狩りになったが
呼吸術を教えたばかりに
痣ものを生み出し
その引き換えに
多くの同志の命を奪って来た。
その後も兄を鬼にし
御館様を裏切り
護衛にいた柱である同志を殺されるとの謀反を招いて
無惨を逃した。
そんな己の使命も果たせず
災いをもたらし続けた私が
このように光に包まれていることを
同志たちは許してくれるだろうか。
「父上」
先程まではしゃいでいた桜華が、おぶさるように寄りかかって、私の事を父と呼ぶ。
「父上は災いをもたらす忌み物ではございませぬ。」
ひゅっと息を飲み思考が止まった。
「継国から受けた呪いの言葉はお忘れください。あの家はもうありません。
わたしが生きて証明しましょう。
父上の存在がなければ生きえなかった者が
志を果たせなかった者がいるということを。」
考え事を全て読まれた上に幼少の頃より心の底で父に言われたことを桜華が口にして否定した。
そうか.....
この者は.....
「だから、ご自分をあまり責めてはなりませぬ。」
兄と私を負の呪縛から解放する力を持って生まれた。
ただそれが時の流れが早すぎて
その力が発揮されることなく事が起きたのだ。
肩口で啜り泣く桜華を膝に抱いて、漆黒の髪を撫でた。
「すまぬ。もうその癖は改めなければならぬな。」
いつか、赤子を抱き上げたように立ち上がり
桜華を日輪の光に掲げた。