第10章 天照手記ー魂の記憶ー
子どもらしく父親を慕うように表情を緩めるのを目の当たりにして、心苦しくなる。
しかし、桜華が言うように、早めにここに来ようと思ったのも、兄が残したこの娘への気持ちだとしたら.....。
「そうか...。私も桜華を守れと背中を押されたのかもしれないな。」
私の方を見上げて、微笑む彼女を見た。
鬼になって人を喰らえば、人の時の心と記憶が薄れていくと聞く。鬼狩りになった後の兄は物静かであまり自分の事を話すような方ではなかった。
でも、今もどこかに、子や家族の記憶があるなら、この娘への記憶があるのならと願わずにはい られない。
「もう、話すな。体に障る。」
「ただ、本当の親子のようにしてくださったのに......
女将さんにも、番頭さんにも、母とも父とも呼べなかった.....。有難うって.....言えなかった。」
溢れる想いがとめどなく脳内を過り占拠するのだろう。
3人の存在は桜華にとって大きなものであるし心に大きな影をおとした。
絞り出すように声を震わせて出す言葉。
ただひとつ言えるのは
「静子殿は、最期に感謝の言葉を遺された。桜華のことを愛していたし、誰よりも思っていた。
そのような者は、どうであれ桜華のありのままを喜んでいたはずだ。」
「......それでも、今になって呼びたかったと思ってしまうのです。」
「ならば、すぐそこで我々に見えぬ形で聴いている。
葬儀をするまでは、何度も呼んでやるといい。
きっと喜んでくださる。」
ハッと目を見開いて、くりくりとした瞳から大粒の涙が次々と溢れた。
「母様......父様........」
震える涙声でそう呼ぶのを、本人が気が済むまでそうさせた。
流れる涙も手巾で拭きながら、髪を撫でてやる。
泣き疲れて、眠る瞬間、静子殿と伊左衛門殿に会えたのか、ふっと穏やかな表情になる。
そのまま眠りに堕ちていくのを見守った。傷だらけの体と心を溶かし出すかのように一筋涙がこぼれていく。
眠りが深くなってきた姪のあどけない笑顔を見つめながら、
火事場で聞いた女将の言葉と、桜華を探しに来た時の想いが脳内で何度も何度も駆け巡った。