第10章 天照手記ー魂の記憶ー
どうしようもない状況で決断できずにいると、
気絶していた桜華が目覚めた。
「嫌だ!女将さん!一緒に行こう!」
「縁壱様!早く!桜華を!私たちの大事な娘です!!絶対離さないで...!あなたと......過ごしたいとずっと言っておりました。
だから.......
守り......抜いて。」
火に囲まれ、いつ崩れてもおかしくない状況でどれだけ恐ろしかろう。
涙を流しながら微笑む静子殿の胸の内を思う。
人を火事場に置いていかなければならないのが苦しくて、悔しい。
私の刀は鬼を斬ることは出来ても、燃え盛る炎も崩れ落ちてくるであろう家屋を吹き飛ばすこともできない。
無意識に奥歯に力が入る。
決断しなければならない.....。
「叔父上様!嫌だ!女将さんを助けて!」
「桜華ちゃん.....。ダメよ...ごめんね.....。」
「..........っ.....!....すまぬ....!」
桜華の火傷に触らぬよう縦抱きに抱え、静子殿に背を向けた。
桜華の息を呑む音が胸を抉る。
「........!嫌だよ!嫌だぁ!」
「すまぬ......!!」
暴れて泣き叫ぶを押さえ込んで外に向かって走る。
「桜華ちゃん.....!ありがとう...」
最期の言葉で胸が引き裂かれる。
静子殿を助けてやれぬのが心苦しかった。
私の刀は日を纏っても、火を斬ることは出来ない。
斬ることが出来るのは、鬼の首だけ。
無念で仕方なかった。
無力さを呪った。
私の肩で泣き叫ぶ桜華に胸の内で何度も謝罪した。
火達磨と化した三國屋の家屋は
私とが抜け出した瞬間轟音を立てて崩れ落ちた。
「女将さぁん!番頭さぁん!うわぁぁぁぁぁぁあああ!」
壊れたように泣く桜華をただ強く抱きとめておくことしか出来ぬ己の無力さから、憤りが腹の底から滾る。
そして、私の中に住むもう1人の自分が静かに、この娘を引き取り育てていくことを"忌み子"の私が成せるものかと思った。
私のせいでまた大切な者の幸せを壊したのではないかという思いまで、足元でドロドロと絡みつけて沈ませるような感覚が私の全てを支配した。