第10章 天照手記ー魂の記憶ー
脳裏には幼き頃の兄に似た姪のあどけない笑顔が張り付く。
生きていてくれと願いながら走った。
たどり着いた先では、周りの家屋は被害を拡げないように壊し終えた後。
その奥、火元燃え盛る炎を膝をついて見上げる住民の姿があった。
「お尋ね申す!……、三國屋の者はどうされた?!」
「お侍様!火の回りが早く皆が逃げ遅れてまだ中に……」
それを聞くや否や、一目散に燃え盛る火の海へ飛び込んだ。
煙が立ち込め、崩れ落ちそうな屋敷の中は火が回ってどうしようもない事態だった。
ただ、諦めきれずに今までに出したことのない大きな声で呼ぶ。
「桜華!!伊左衛門殿!!静子殿!!」
「いたら返事をしてくだされ!!」
冷静でいられなかったのも、うたが死んだあの日以来だったかもしれない。
煙を吸い込んでしまって咳き込む。
だが、それしか手段がなく何度も呼んだ。
兄の遺した者だからという使命感より、ただ、あの子が純粋に生きて欲しいと願って、腹の底が割けそうなほど叫んだ。
「返事をしてくだされ!返事を……!」
歩き回りながら叫んで、唯一火の回りが遅いところにたどり着いた時だった。
「……い、ち………」
小さなかすれた声に、ハッとそちらを見た。
「ゴホッ…カハッ……」
「静子殿!」
静子殿は腰から下を柱に挟んで抜け出せない状態でこちらを見ていた。
「縁壱……さま……。」
私の顔をみて、安心したのか笑みを浮かべた。
「静子殿!皆の者は逃げたのか?!桜華は!」
「......縁壱様、わたしは....深手を...。主人は、崩れた家屋の下敷きに......。この子も.....背中に火傷を....ですが、まだ息はあります。早く....!」
息絶え絶えに、懇願するように、渾身の力を振り絞って静子殿が差し出してきたのが、背中の着物が焼け焦げ意識がない桜華だった。
「何も申すな!二人とも助ける!」
静子殿を押さえつけている柱を叩き切ろうと刀に手をかけると
「この柱を斬ると支えている天井が崩れ落ちます!わたしはいいから、早く桜華ちゃんを!」
静子殿の言われて上を見ると、今こんなにも話せているのは
桜華を守るための火事場の馬鹿力というものだと分かるほどだった。その柱を斬ることで天井事押し崩れることは安易に想像できた。