第10章 天照手記ー魂の記憶ー
小さな掌が私の掌を下から包む。
桜華が申すことは、兄はそのつもりはなかったにしろ、この代物が私たちを引きつけて結んだという結果に違いものに思えた。
「父、継国巌勝の事を覚えていられるのは、わたしたちだけでございます。優しかった父を心にとめて、彼の心を救えるのもまた、わたしたちでございましょう。
叔父上が先ほど仰せになりました鬼の女性が仰る通りに、仮にもう二度と鬼の始祖が現れず、それに伴い鬼になった父も現れなかったとすれば、後世に繋いでいきたい。
それが、継国巌勝を鬼にしてしまった身内が成さねばならぬ責務ではないかと思うのです。」
兄の娘らしい物言いに、その心の強さに
もう、否を唱えることなどできないと思った。
「先日、猶予をいただいた答えを今、出してもよいか?」
「はい。」
和やかな空気が一瞬張り詰めた。
桜華の表情が引き締まった。
強い不安故だろう。
それすらも愛おしく思う。
「共に、鬼のおらぬ世を目指そう。桜華の父であり、私の兄である継国巌勝をお救いする道を探そう。
桜華が後に子孫に繋ぐというのなら、それに協力させてもらう。
それでいいか?」
「いいのでございますか??」
桜華は驚いた様子で勢いよく顔を上げて私を見た。
「あぁ。よい。桜華の気持ちは真であること、ゆるぎないものであることが良く分かった。
だが、条件がある。」
「何なりと申し付けください。」
「2年ほど下準備をしたい。それが終われば迎えに行く。定期的に三國屋の屋敷を訪れると約束しよう。
それまでに、桜華も何かしら、思いのままに準備をして待っていて欲しい。」
「何かしらとは...」
「桜華に任せる。どのようなものでも良い。父を救う手立てを考え結びつけるような事を見つけてして欲しいと思う。
場合によっては、伊左衛門に屋敷を借り近くに住まうやもしれぬ。それも明日、伊左衛門殿に話をしよう。」
「もう、ここを発たれるのですか?」
「約束は必ず守る。逃げはしない。」
桜華の瞳は不安げに揺れた。
しかし、真偽りがないと、その眼差しは強く私に向かい
大きく頷いた。
「信じます。お約束いたします。
どうか、生きて、迎えに来てくださいませ。」
桜華は手をつき頭を下げてそう言った。