第10章 天照手記ー魂の記憶ー
月が高く昇り、就寝の時刻になる頃、桜華が部屋へやってきた。
「叔父上様。見ていただきたい物があります。」
「入りなさい。」
「失礼いたします。」
寝着に身を包んだ桜華が少し頬を緩ませながら、下げていた頭を起こした。
丁寧に襖を閉めて私に向き直る。
「本日は叔父上様の大切なお話を聞かせていただき、身に余る光栄でございました。
お話のお礼と申しますか、わたしも叔父上様に父の事を知っていただきたく伺いました。」
「もう夜遅い。話なら明日にでも聞いてやるが...」
「いいえ、明日、話す前に、見ていただきたいのです。」
そう言って、懐から首に下げていた紐の先にあったらしい小さな巾着袋を取り出して、中を出して見せた。
「兄、巌正と母、綾乃、そしてわたしにと一つずつ、父はこうしてわたしにお守りとして残して旅立たれました。
母は亡くなり、兄は行方知れずとなりましたが、これだけが、わたしたち家族をつないでくださる唯一の物なのです。」
巾着袋の中にあったのは、竹で作られた笛と中央に勾玉が一つあしらわれた首飾り。どちらも磨きの掛けられた上等なものだった。
宝物のように両手で差し出して見せるそれは、かつて、継国の家を出る時に兄に戴いた笛を兄に見せたときの己と重なった。
「私も、継国の家にいるとき、兄から”助けて欲しいと思ったら吹け”とお守りとしていただいた。
桜華たちにもそれを渡していたとは...。
何を思い、私たちにこれらを託したのかは、もう、知る由もないのだな。」
「こちらをいただく際に覚えていることがあるのです。
兄に、妹を守り、母を守るのだと...。父はそう言っておられました。寂しい時はこれを見て、家族が傍にいる事を思い出し、皆で手を取り合って切り抜けて欲しいと...。
しかし、父の図り事も上手くいかず、お家取り潰しに合い、母が病で倒れたことで、家族が離散する事になってしまいました。
それでも、わたしが、希望を捨てず、良家に引き取られ、好いご縁んに恵まれ、叔父上様とお会いできたのは、父が導いてくださったとしか思えぬのです。」
笛を作ったのは、私がどこか兄の心の中に残っていたという事だと思うと、胸が苦しくなるほどの暖かさを感じた。