第10章 天照手記ー魂の記憶ー
結局は静子殿や番頭の伊佐衛門殿にも仔細を話し協力を得るが、どんなに諭しても桜華は頑なに考えを曲げず、2人を交えて話しをしたその日からは私にしがみついて眠るようになった。
隙を見て出ようとすればどんな状況でも飛び起きては離れず、風呂も厠までも張っているようになった。
夜の見回りに出たくとも、身の回りの物を置いていかねば帰るという信用も取り付けられなくなり、どんなに帰りが遅くなろうとも玄関口で待つほどにもなった。
そんなある夜。見回りから帰ってくると、桜華が縁側に腰かけ満月の昇る空を仰ぎ何かを呟いていた。
こちらの様子に気づくことなく、その横顔を覗き見ると涙を流しており、それ以上なぜか近づけなかったのだ。
その呟いている言葉に耳を澄ませば、唄を歌っていることが解った。
一通り唄い終わったのか、暫く口を閉ざして月を仰ぐ...
そして、また...。
盗み聞きはよくないと分かりつつ、その唄を聞かずにはいられなくて、また耳を澄ませた。
「竹の笛の弟は
今はどこで何してる
凧揚げ、竹馬、花札と
隠れて遊びしあの頃を
愛しの君見て思い出す
天授の才の弟は
別れまで優しい太陽の子
君を腕に抱く一時は
憤りも忘れて凪る我が心
弟への愛を思い出す…」
その唄は、兄が歌っていたものなのか...。
そう思ってしまえば、兄とあの屋敷で最後に挨拶して別れた日の事を鮮明に思い出してしまい、
気付けば縫われたようにそこに立ち尽くしては
兄の想いに涙が抑えきれなかった。
そして、”うた”に諭されていた兄の私への思いと
兄が桜華に対して抱いていた強い想いを知り、
それを彼女も強く感じ取っていたことを思い知らされたのだ。
桜華は兄の心を癒し、私という呪縛を解くために生まれたのだと思わざるを得なかった。