第10章 天照手記ー魂の記憶ー
その日はあれよあれよと女将に流されて夕飯までご相伴にあずかってしまった。
それどころか、桜華は私から離れようとせず、引き離せば可哀想な程に始終嬉しそうにしていた。
そして先程から、私の膝の上で眠そうに体を預けてこられる。
暫くして女将は寝床の準備が出来たと部屋に入ってきた。
「継国様、どうかお願いです。このままどこも行くあてがないのでしたら、こちらか、お近くにでもお住いくださいませんか?
この子はウチには勿体ないほど器量良しで優しく利口な子なのですが、こんなにも自分の心をさらけ出して懐く子どもらしい姿は初めて見るのです。
まだ甘えたいお年頃です。
その心に気づかず、かなり我慢をさせていたのかと.....」
膝で眠る桜華を愛おしそうに見つめながらそう言った。
女将は静子と名乗った。
この三國屋は3代目になるらしく、今のご主人が大きくされた三河で指折りの呉服問屋であるにも関わらず跡継ぎがいなかったという。
兄の奥方の屋敷が贔屓にしていた店らしく、女将は商人でありながらも仲良くしていたという。
この娘を引き取ると決めた時は、御主人も「こんなに器量がいいなら良い婿が来るだろう」と快諾したという。
だが、良い誤算で、商売の気質が強く弁が立つという才能、そして物覚えの良さは舌を巻くほどで、習い事もやりたいと言い出したものは舞踊でも武芸も何でもさせてきたらしい。
言葉が歳のわりに達者であることが頷けた。
「やはり、こんなにも可愛がられ大事に育てられている桜華はここで静かに暮らした方がいいでしょう。
私の隣にいてはいけません。」
「何か罪を犯したわけでもないのでしょ?
この子がこんなにも懐いてしまう程です。
そんな貴方様が悪い人だなどとは思いませぬ。」
静子殿は、手に額をつけて頭を下げられた。
「どうかお願いできませんでしょうか.....」
私はその時、どう返事を返せばいいかわからず、暫く厄介になりながら返答を待って貰うことにした。