第10章 天照手記ー魂の記憶ー
「継国様。ここでは人目が多くございます。よろしければ我が屋敷にご案内しましょう。」
普通の人の気配すら感じられない程に、桜華と会ったことで動揺していたのか、すぐ後ろに来ていた女将に声をかけられるまで気づかなかった。
足元では幼子がまだ足に絡みついて、赤黒い瞳を潤ませている。
完全に逃げ場を失ってしまった私は、女将に促されるまま三國屋へと向かった。
三國屋の屋敷にて、女将や番頭に部屋を案内され、桜華と二人きりになる。
私は思っていた胸の内を謝罪した。
「あなたの御父上をあなたから奪ってしまうことになり、
さらには、その心の闇に気づけず鬼にしてしまいました。
先月、失礼ながら、継国の屋敷に赴き御近所の方々からその後あなたたち家族の成りの果てを伺い、勝手ながら様子が知りたいとそれだけでこちらに赴きました。
身勝手な振舞、真に相すまぬ。」
「叔父上。なぜ叔父上が謝られるのです?
叔父上がキッカケになったからといって、それを選んだのは父の意志でございます。
そして...、私たち家族は...父にとって最優先事項には成り得なかった。
父は己が信念を貫いただけにございます。
そして、私たちが父の心の拠り所になれなかったのは私たちの責任でございます。
叔父上はキッカケに過ぎない。
叔父上は立派でお優しい方です。」
慈愛に満ちた視線や表情は、幼き頃、私を気遣い父の目を盗んで会いに来てくれた頃の兄のようだった。
炭吉の前で流した涙で、もう涙は流さぬと決めていたのに、
こんな幼子の前で、不甲斐なく泣き崩れてしまった。
そんな私を、まだ6つの小さい幼女が背をさすってくる。
その手つきすら、ひとつひとつの仕草が兄を彷彿とさせてくる。
「叔父上様……、一番お辛いのは、父の全てを一番近くで見ておられた叔父上様でありましょう?
わたしは部分的に父の事を覚えているだけです。
わたしがあなたを責めることは出来ませぬ。」
「すまぬ......っ.....」
その時の幼子の手が大きく深く胸に染み渡るように暖かかった。
この子も立派に教養を積んでおられる。
優しく穏やかな言葉を紡ぐ。
しかし、同時にかかえなくても良いものも背負い込んでしまいそうなほど、いろんな事情を抱えているようにも思えた。