第9章 月詠の子守唄
ふたつの歌を紡ぐ桜華の後ろ姿を見て
今はどれだけ苦しいだろうとおもう。
前世の父が、今世の一族の仇だけの存在ならばどれだけ気が楽か。
今世の父が、今もなお前世の兄を想うと知っていて、ソイツが俺と共に、前世の娘を守るように逃がした。
鬼狩りの志を立てた矢先に、今まで培った力までも放棄せねばならない心境。
迫られる選択。
あまりにも重い事実が重なっても気丈に振る舞う君が、俺の前では、俺の腕の中にいる間だけはいっぱい甘やかしてやりたいと思う。
歌がやみ、静けさが戻っても、庭を見続けるその背中に呼びかけた。
「桜華........。」
ゆっくりと気だるくこちらを見る彼女が、少しだけ脆く映り、それが儚く美しいものに思う。
少しだけでも心の安寧を与えられるなら
惜しみなくその心に注ぎたいと思う。
「狛治......」
「茶が入ったぞ。一緒にいいか?」
「はい......」
促された隣に腰を下ろす。
反対の隣には縁壱さんが書いたらしい手記が重ねて置いてあった。
桜華の言葉いらない
気持ちは全て分かってやれるから。
君の血を飲んで鬼から人間へとなった俺だ。
でも、変わってやることは出来ないから
ずっとこうして隣に、1番近くに居てあげたいと思う。
「桜華は必ず、俺が守る。」
二度目のその言葉に君への沢山の意味を込めて。
今度こそは必ず守り抜いてみせると誓った。
桜華は一瞬驚いて俺の顔を見た。
そして、ゆっくりと微笑んで
「わたしは、決して、あなたに死んだ姿を見せることはしません。」
いつしか約束した事を口にした。
「約束な.....」
「はい。」
嬉しそうに柔らかく笑むその顔を耳の後ろからすくい上げて、
君を慈しむ俺の心が伝わるように、何度も何度も唇を重ねた。
うっとりと見つめてくる桜華は甘えるように襟元を掴んでくる。
それでいい。
俺の前ではそのままの桜華でいい。
光傾き出し、夕焼けの色に太陽が染まり、空をも彩るそれは
お義父さんが優しい眼差しで見守ってくださるような
そんな気さえした。