第9章 月詠の子守唄
珠世の話を聞き終えて、気づけば日が傾き始める前の時刻だ。
明子さんが入れてくれた二人分の茶と急須が乗った盆を持って、桜華が待つ部屋へと向かう。
開け放った窓から差す午後の日差しが秋らしさを強く感じるようになった。
部屋が近くなると彼女の声が聞こえた。
「竹の笛の弟は
今はどこで何してる」
足を進めるとその声は唄を歌っているのがわかる。
「凧揚げ、双六.......
凧揚げ、双六.......と」
「隠れて遊びしあの頃を
..............思い出す……」
途切れ途切れに歌われるそれは記憶の欠片を探すように同じところで何度も歌っては途切れ、また初めから歌ったり、覚えているであろうところに飛んだりする。
「天授の才の弟は
別れまで優しい太陽の子
君を腕に.........
憤りも忘れて凪る.........
.................思い出す…」
切なく苦しい唄。
何となくだがそれは、
夢の中で桜華が前世聞いていたアイツの歌ではないかと思うと納得できるんだ。
そして、彼女の声色から心情を思うと胸が軋むように痛い。
消え入りそうな儚い声で
前世と今世、二人の父親を想っていることが分かる。
腹の中に俺の子を宿しながら、己の宿命、背負うものがどれだけ重かろう。
部屋の戸口に差しかかる。
珍しく俺の気配にも気づかずに
日に照らされた庭を眺めて、
腹を撫でながら歌う彼女に足を止め、
邪魔をしないようにそっと見守った。
繰り返しに歌う様子は
記憶の中で何かを探しているようにも見えた。
「愛しい寝顔は あの頃のまま
月の天子は いつか
月詠みに会えるだろうか
天に召されず留まりし魂を月に返して
また生きる世こそ 名残月と日輪の出会う朝に
再び巡り会いて 分かち合いたい
優しいあなたの 面影残して
出会いし日を 懐かしむ
今は安らかに穏やかに笑って
いつか来たりし日には お守りいたしましょう
命の未来が 魂が月明かりに見守られるように
いつもわたしは そばにいる 」
ふたつの子を想う歌。
二人の父親が桜華という娘を、そして兄弟をどれだけ想っていたのかが痛いほど解る歌だった。