第4章 矛盾
外に出ると一層、秋の夜の冷たい空気が身を引き締める。
洞窟に向かうのかと思っていたものの
猗窩座はわたしを片腕に抱いたまま崖近くのひとつの木によじ登っていく。
何も言わない猗窩座の顔を見上げるも目線は上を向いたまま。器用に素早くのぼるのに振り落とされないようにしっかり首に腕を回した。
崖の先にせり出した大きな枝の分かれ目に行きつくと動きを止める。
目の前に広がる山々と、遠くの方に見える街明かり。
そしてその奥に海まで見える絶景。空には雲ひとつなく星が瞬く。
息をのむほどの光景に気を取られると、先ほどまでの震えは止まっていた。
このため?
猗窩座の表情を見ようとするも、頬に触れても、呼ぶように叩いても目線も顔も正面を見据えたまま。
やむを得ず景色に目をやった。
暫くの沈黙に少し肌寒い澄んだ空気を風が揺らし、木々の葉の擦れあう音がさっきまでと違って優しいく聞こえる。
虫の音、風が木々の葉をゆする音、猗窩座の息遣いと心音と体温、目の前の景色。
全てに包まれ感じることが出来ているのはわたしが生きている証だ。
暖かいはずなのに、どこかでもの悲しさと苦しさ、切ないものを纏っている猗窩座は何を思ってこの景色を見ているのだろう。
「桜華がここへ来てから、なんだかおかしい。
心が人間のようになり、何やら妙な声が聞こえたり、残像を見る。
その度に苦しく辛い気持ちになったり苛立ったりするんだ。
なのに、お前に世話を焼くのが止められない。
帰ってきたとき、お前の姿があるとホッとする。」
悲しくも苦しそうな声色に声の主を見上げるも見ている先は変わらないまま。
壊れてしまいそうなほどに儚さと脆さを感じて手を伸ばし猗窩座の頬を包んだ。
伸ばした手を包むように触れて、ゆっくりと落とされた視線はやはり辛そうで、泣き笑いの優しい顔。
思わず息をのむと同時に胸が締め付けられた気がした。
目が離せない。
「俺にお前が死んだ姿だけは見せるなよ。」
その表情
その声色
抱えている腕や手から感じる熱
ただただ、頷くことしかできなかった。
同時に
"自分以外の何かを自分に見ている"
そう感じたことが少し確信へと変わっていく。