第4章 矛盾
桜華は俺の背を叩いて自分を離すよう訴えた。
彼女を解放してやると
俺の手を取って、もう片方の人差し指で文字を書き始めた。
"アリガトウ"
"カエッテコナイトオモッタ"
『ありがとう______。』
「……うっ!」
最近よく聞こえる桜華以外の女の声に一瞬頭に亀裂が入るような痛みが走る。
心配そうに見上げる桜華に「大丈夫だ」とだけ答えると、ふわりと今まで見たことないような優しい表情になった。
「連れてきておいて桜華をここに置き去りにしておくなど無責任なことはしない。
だが、心が、声が治れば自由だ。命を粗末にしない限り好きにすればいい。」
少し驚いて戸惑うような顔。
その表情にチクリと胸が痛む。
気のせいだと振り払うように首をふった。
「とりあえず休め。ここではさすがに寝れないだろう。もう、住める空き家を探して移動して回るほどの時間もない。
着替えたら
俺が鍛練している洞窟へ行こう。」
こくりと頷いて、立ち上がろうとするも辛そうに顔を歪める桜華。
立たせるのをやめて血飛沫がかかった顔を拭いてもらい、着物を着替えさせ、横抱きにして洞窟へと向かった。
いつもの自分ではないふわふわした感覚が心地よいと思ってしまう。
桜華に触れていると心が凪いで闘争心が湧かない。
湧いてくる感情は鬼になった直後から今まで
無縁で
無駄で
無意味で
邪魔で
切り捨ててきた感情。
だからこそ湧き出る感情に「そんなわけない」と、
弱くて脆く、愚かな人間のような感情が湧いては否定し続けてきた。
だが、それも
何だか疲れてきたし
自分が解らなくなっている。
闘い、強さの探求以外を全部捨てた。
強くなるために邪魔だったから。
目に映るものが全て敵で、
信用するに値しないもの。
そう思えば思うほど闘争心が湧くからそうしてきた。
止まれば余計なものが湧き溢れると今まで止まることなく鍛練してきた。
そう思ってたのに、
その感情を引き出し、掻き立てる邪魔な存在のハズの桜華のことを突き放せない自分はどうしてしまったのか。
強くなりたいのに
強くならなければいけないのに