第9章 月詠の子守唄
桜華は、胡蝶カナエと、宇髄と、後で合流した宇髄の妻たちを 狛治と共に、世話になっている藤の宿に入った。
「血と汗を流してからにしましょう。あなた方から逃げるつもりは毛頭ないことを証明します。」
そういって、羽織を畳んでおいた上に耳飾りと、刀扇の入った鞘を置いて見せた。
「テメェがそんな目ぇして誘ったからには、そんなこと思っちゃいねぇよ。」
と、少しばかり表情を崩して宇髄が言った。
「女たちから先にはいれ。夜中だ。チンタラしてる方が好きじゃねぇ。」
そういって半ば強引に風呂を勧めた。
「ちょっと待て!それは……」
慌ててそれを制止する狛治。
桜華の傷の事を今日初めて会った人間に、今の精神の状態で見せることになるのが気が気じゃなかった。
「見られちゃ不味いようなもんでもあんのか?テメェが鬼として食った痕とかなァ?」
蔑むような、怒りを向けているような言い方に、対抗心が沸き上がるも、立場上、それをグッと胸の奥に押し込んだ。
「狛治…。大丈夫。」
気を察して桜華は微笑んでそういった。
「音柱様、やましいことは一つもありません。あなたが信頼している女性たちとならば、ご一緒させていただきます。
わたしも狛治も今の段階で知ってること、やってきたこと全て話します。
何も隠すことはございません。何なりとお聞きくださいまし。」
宇髄にとって、向けられた笑顔の裏には、"信用"よりも"信頼"が強く感じられた。宇髄は、彼女が自分の"意図"に気づき応じているようにも思えた。
しかし、よく考えてみれば、その向けられた信頼というものは、初めて会った己に対するものではなく、この女の事を"友人"と言っていた、我が鬼殺の当主が差し向けた者に向けているのだと気づく。
「へぇ」と心の中で感心していると、妻の一人雛鶴と目が合い、「あなたの意図は解っていますよ」と言わんばかりの視線を送られた。
頼むぞ。の意で頷いてやると、5人はこの宿に1つしかない大浴場へと入っていった。