第9章 月詠の子守唄
颪は、人間の頃の記憶の全てを
感情の全てを思いだし
その瞳からボロボロと
幾重にも涙を流した。
(守りたかった息子。
醜童?
そんな醜く酷い名前など
拙者が望んだ子に
つけるわけがない。
なのに、
我が子に
"醜い童子"という名を
どうして呼べようか……。)
崩れていく颪の視界に黒いブーツの足元が映る。
刀扇を畳んだ桜華がこちらを見下ろしていた。
「あなたも、守りたいものが守れず、鬼になったのでしょう。
来世は幸せな親子でありますよう、願います。」
桜華の足元で、颪と醜童の頭部が転がり、少しずつ少しずつ崩壊していた。
「幸せ.....、拙者は.....。我が子まで、鬼への道に巻き込んだ.....。」
颪は涙を流しながらものを言わぬ息子が崩れていくのを見ていた。
「それでも、子どもは、親を心の底から恨めぬものです。
あなたは、鬼になっても、鬼である我が子を守ってきた。
それは紛れもない親子の絆ではないでしょうか。」
”父を恨んでいない”その言葉がどうして自分の口から出てきたのか分からない。
己の父親は、非の打ちどころがなく、恨む要素もない。
なのにどうして、この親子を見ているとこんなにも胸が苦しいのだろう。
それでも、この不遇の修羅の道を進んだであろう親子に言葉をかけたかった。
「父として、拙者は、人間の頃、”殺してやれなかった”のだ。
己の優柔不断さが.....、息子を鬼にした。」
悔しそうに顔を歪ませる颪はずっと涙を流したまま。
人間として生きてきたころ、我が子を殺さなければならないという真相は分からない。
ただ、愛した我が子を殺せなかったのは親として当然の事だ。
だから.....、
「それでも、あなたはこの子の唯一無二の父親でした。」
桜華の言葉に颪は目を見開いた。
そこで、今まで沈黙のままだった醜童の息遣いが聞こえた。
「星一郎!?」
醜童の本当の名だろう。
颪は横で崩れていく子供をそう呼んだ。
「ちちうえ…。」
星一郎。そう名付けた理由と
”殺してやれなかった”という理由がわかった桜華の心は一層苦しくなった。
目が右に一つだけ。奇形の子だった。