第9章 月詠の子守唄
結び絆……
その言葉は
颪の人間時代にとって深い家族の愛のことだった。
江戸中期、
ある武家屋敷群の一角に、仲の良い夫婦がいた。
元服してすぐに結婚したものの4年も子が出来ず
それでも夫は側室を取らなかった。
そして5年目、待望の子を妻の腹に授かり、大事に育てたという。
出産の日、
妻と産婆は部屋に閉じ籠り、夫は外でそわそわしながら妻の無事を願い、我が子を待った。
時間はかかったもののオギャアという元気な声が屋敷中に広がるとともに、産婆の叫び声が響いた。
「何事じゃ!」
夫は、立ち入りを許されていないことを忘れ襖を勢いよく開け放った。
妻は飛び起きた状態で、産婆は尻餅をついた状態で、子はその前にいた。
赤子は鼻が奇妙に潰れ右目しかなく、左目がつるんとして"なかった"のだ。
奇形児だった。
ふたりは最初は血の気が引き、青ざめたが、せっかく生まれた我が子を殺すことが出来ず話し合った。
その結果、ひっそりと育てていくことに決めたのだった。
悪夢はそれから1年半後。
歩くようになった子が偶然訪れた近隣住民の一人に見つかり、「妖怪だ!化け物だ!」と叫びながら屋敷を飛び出していった。
その男から噂が広まり、悪い尾ひれがついてくるようになって住民からの嫌がらせが始まった。
投石、落書き、罵声、ゴミの投げ込み。
それでも我が子を殺せなかった夫婦。
互いに励まし合ったり、理解のある上官に助けを求めるも収まらなかった。
そんなある日の朝、妻は服毒し、ひっそりとこの世を去る。
夫は、妻の息子を殺せなかった意思を継いで息子を守り育てた。
3年の歳月が過ぎ、息子は話すようになる。
「ちちうえ、ちちうえ。」
「どうした……。」
「ちちうえ、あったかい。」
妻をなくしてからは、無邪気に笑う我が子だけが、唯一の家族だった。
もう誰も信じられなくなっていた。
左遷され
誰も寄り付かず、
食料にもありつけず、
屋敷を売り払わなければならないほどに堕ちた。
もう死のうと橋から川を眺めていると
役者風体の"人"の姿の鬼に声をかけられる。
「世間が憎かろう……。お前も、その子も、そのままで良いのか?」
鬼舞辻 無惨だった。