第9章 月詠の子守唄
宇髄は、血と爆発の衝突の向こうに黄色い光を見た。
(来たか、あと一人。)
横で涼しい顔をして、己一人に戦わせている男が妻と呼ぶ女。
その斬撃の光は霧のように繊細ながらも強い光を放っている。
それは宇髄にとって今まで見たことも聞いたこともないものだった。
「へぇ、派手に珍しい呼吸じゃねぇか。テメェの奥方か?」
「あぁ。」
煙とモヤが晴れたそこには、黒い紋付き羽織の侍の鬼と、高貴な菖蒲の羽織にフリルの詰め襟のブラウスと袴を合わせ着た上背な女が立っていた。
幾重にも重なる日輪の刀の扇は見たことのない色をしていた。
「お初にお目にかかります。その剣技と強さ、音柱様ですね?
日神楽 桜華にございます。」
3人の美しい妻を持つこの男でも
桜華の可憐で凛とした花のような佇まいに言葉をつまらせた。
「………あぁ。そうだ。よろしく頼むぜ。」
闘気のない、無の境地の涼やかな表情に、宇髄は確固たる強さを感じた。
(へっ!元鬼の分際で良い嫁連れやがって…!)
心の奥で毒づき、目の前の颪と醜童に好戦的な笑みを浮かべた。
「猗窩座殿、よもや人間に堕ちたでござるか……。」
「その名は棄てた。人に堕ちたのではない。這い戻ったんだよ…。妻の血力(チカラ)を借りてな。」
表情を伴わない冷ややかな声が静寂に響き渡る。
「あの御方に背き、人に堕ちたうえに、所帯まで持つとは……。
何とも嘆かわしい……。
愚か者め……。」
禍々しい重い圧力と共に低い声が心臓に響くようだ。
それに対抗するように3人は殺気だった目を向ける。
「愚か者で嘆かわしいのはお前の方だ。颪……。
お前は所詮、無惨の鎧に他ならない。
アイツは臆病からの怒り。過剰なまでの生きることへの執着でどこまでも横暴で頭が弱い。」
「あの御方をそれほど迄に愚弄するとは……。」
「感謝もしているさ…。
一度鬼になったこと。戦うことに関してだけは後悔はしていない。
武道に適した血鬼術を身に刻んで、気が遠くなるほどの年月、鍛練する時間をもらったからな。
そして、俺は日神楽の娘を守り抜くために新たな力を得た。」
蜃気楼を伴う日輪の刃を颪に突き付けた。
その横で宇髄も爆薬を手で弄び、もう片方で大刀の切っ先を醜童に向けている。